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「王様の耳はロバの耳」(2021)
 
   
2021年9月17日
『朝の挨拶』  目覚まし時計をセットし忘れて、いつもより遅い時間に浅川の土手を歩いていた。台風来週前の静かな景色だが、前方から年配の女性が歩いてきた。私は河原の方を見ながら歩いていたが、その女性も同様に河原の方に顔を向けていて、ふと目があったので軽く会釈をしたら、女性は立ち止まり「河原にずーっとあの黄色い花が咲いていてきれいですねえ」と話しかけてきた。広い空の下で、川が流れ黄色の花が連なり、気持ちが晴々すると、次々に気持ちを言葉にした。土手の歩道では、多くの人に出会うが、出会い頭にこんなに素直に気持ちを表現する人は珍しい。私も一頻り会話を楽しんだ。
 あの黄色い花は何という名前なのか。植物名に疎い私にはわからない。土手に並行している道を通ると、土手には彼岸花も咲いているのだが、今年は土手の遊歩道の左右には草が生い茂っていて、斜面に咲いている彼岸花が見えない。例年だと彼岸花が、あの黄色の花と同じように土手の斜面を細長く連なっているのが土手の歩道から見えるのだが。
(宮)
   
2021年9月10日
『荷物と体力』  歳を重ねて年年歳歳体力が落ち、毎日持ち歩いている鞄の中身を減らしている。なるべく身軽になって歩きたい。ところが日頃利用しているバスに乗ってくる年配の女性の逞しいことには感心する。肩には大型のバックを掛け、両手に袋をもち、肘にも入れ物の把手が見えている。4個の荷物を持ってバスに乗っているのだ。こんな女性を結構頻繁に見る。主婦で大量の買い物をしたために、よんどころなく荷物を持たなければならないという事情があるかもしれないが、私なら2回に分けて買い物するだろう。
 自宅に置いてある2つのダンベルは数十年前に買ったものだが、5キロある。買うときにこのくらいの重さでないと運動した気にならないと思って、ダンベル2つを両手に持って帰宅したことを憶えている。いま、そのダンベルを手に持つとどうしてこんな重いのを買ったのかと思う。要するに筋力、体力が落ちてきたということだ。そして逞しい女性に感心している。
(宮)
   
 
『百科事典を譲り受ける』  世の中には知らないことの方が多い。子どもの頃、家の居間にある本棚には「日本文学全集」(外国の人の全集もあったかもしれない…)と『暮しの手帖』バックナンバー、「羽仁もと子著作集」、健康にまつわる本、子ども寄席、そして百科事典が他の本と共に並んでいた。夏休みの宿題などに取り掛かる時に一番活躍したのが、この百科事典だった。他の辞書にはない、様々な情報がたっぷりと載っている。当時は図書館などで他に調べるツールがあることを知らなかったから、家にあるもので何でも調べた。
 百科事典で調べそれを別の紙に自分の字で書きうつす。つまりは自分の言葉ではなく調べたままを丸写ししたものを提出していた。今思うとだめな子どもだ。今はネットで何でも調べられる時代になったが、そもそもそれが正しい内容なのかを疑わなければならなくなった。その点、百科事典や辞書はいろんな人たちが見て、チェックし、間違いがないか精査され、正しく修正され、本になる。紙の本にもいい加減なものがないわけではないが、工程を考えると丁寧だ。ネットの情報は多様で、本を作るように丁寧に作られているものもあれば、個人がチェックなし(自分や他者の目を通さず)にアップしてしまう情報もある。
 今の私は、子どもの頃勉強してこなかったせいか、知りたいことが沢山ある。そんなわけで、ネット以外で調べものができる百科事典があったらなあと思っていた。ネットと百科事典があればたいていのことは調べられそうだ。
 そんなある日、会社の近くの書店に、休みの日訪れると先客があった。たわいないおしゃべりをしているうちに、百科事典の話になり、先客のNさんが「邪魔だから処分したいのよ」と言う。なんということだ!とっさに「え!もらってもいいですか?」と尋ねたら交渉成立し、譲り受けることとなった。お散歩がてらに1冊ずつ、ゆっくりでいいからとお話し、本屋さんに預かってもらうことしたら、早速1冊持ってきてくれた。持ってみると1冊とはいえ百科事典…重い!散歩中に持ち歩くものではない。その後Nさんは車で残りを運んでくれた。古本と新本を扱う本屋さんの棚の一番下の段には私がいただいた百科事典がズラリと並んだ。7冊持って帰り、あと10冊あまり…。南と華堂さん…を勝手に中継地点にして図々しいにもほどがある。そんな私に店主の井上さんはおおらかに「オブジェのようにお店に馴染んでますのでいつでもいいですよ」言ってくれた。でもお店の棚だしね!しかし確かにお店に馴染んでもいる。この事典がお店からなくなったら寂しくないだろうかと余計な心配を始める私。先日この文章を書いている通称「ロバ耳」に社長が捨てられた百科事典のことを書いていた。私はそのちょっと前のタイミングで人から百科事典を譲り受けるに到ったのは不思議な縁である。
(やぎ)
   
2021年9月3日
『ゴミになった百科事典』  朝の出勤途上、団地のゴミ置き場の脇を通る。ゴミ袋以外に百科事典数十冊が小山のように積まれていた。日頃狭い住居の中でモノの置き場に頭を悩ませているから、百科事典がゴミ置き場に持って来られたのはそれなりに分かるが、知識の塊とも言える百科事典が、最後はゴミ扱いされる運命だと思うと、複雑な気持ちになる。
 団地に引越してくるときに何十年の間に買いためた本を大量に処分しなければならなかったが、とりあえず古書として引き取ってもらったのだった。ストレートにゴミ箱にいったのは雑誌だった。団地に限らず、雑誌は日常的にゴミ置き場に出されている。紙の本のこれからの姿についてあれこれ考える。
(宮)
   
2021年8月20日
『入管開示資料』  スリランカのウィシュマ・サンダマリさんに関わる資料が開示されたがダンボール3箱分1万5000ページの殆どが黒塗りされていると弁護団が明らかにした。ニュースを聞いたときあまりの酷さに驚き呆れ、恥ずかしくなった。情報公開の本来の意図からすれば黒塗りというのは、例外的にされるべきものなのに、都合の悪い内容を隠すために濫用されている。公文書については隠蔽、改竄、不法廃棄など、入管に限らず、自民公明政権は恥じる気配もなく繰り返している。にもかかわらず、人の良心はどこかになお残っているのではないかと一縷の期待をしてしまう。ウィシュマが亡くなるまでの経過のあまりの非道にたいして、人の良心はまったく働かないのか。入管の分担業務として委ねることは到底出来ない事態が次々起きているではないか。
 法務省の官僚、たとえば事務次官は入管の一連の問題をどう考えているのか、どう感じているのか?恥ずかしくないのか?いや法務大臣、法務副大臣、法務政務官らの政治家は、どう考えているのか?この人達がまず動くべきなのに、そんな気配は露ほどもない。赤木俊夫さんにたいする麻生財務大臣の態度を見れば、良心の働きなど期待するほうが間違っているのかもしれないが……。
(宮)
   
 
『いつになったら会えるかな』  しばらく九州や中国地方、東海と雨が降り続き警報がでている。九州の佐世保には夫の実家があり、今はもう両親は亡くなってしまっていないが、米屋を継いだ義弟の家族が4人で住んでいる。心配で連絡をすると高台にあるその家はどうやら無事のようで、かき氷などを家で作って食べている姪っ子と甥っ子の写真が送られてきた。特に緊張感もなく夏休みの小学生のそれである。会わないうちにグングン大きくなる二人。コロナのせいで行き来もできない。
 そんなわけで久しぶりに思い立っていろいろな(とっくに済んだ義妹、義弟の誕生日)お祝いと感謝を込めて荷物を送った。お店でなにがいいかなと顔を思い浮かべながら選んだものを箱に詰めてもらう。荷物が雨で届くか心配したが、予定通り届いたようで、配達をする人たちへの感謝の念が浮かんだ。そして荷物到着の数日後、演技かかったような、荷物を開け、中身を見て喜ぶ姪と甥の連続写真が送られてきた。入れていた箱も「ちょうどいい!」と甥っ子がかわいがっている猫のベッドになったらしい。捨てる物なしの贈り物だ。猫というので飼っているのか?それとも庭に遊びに来る野良かな?と思っていたらぬいぐるみの猫だった。どうしでもほしくて自分のおこずかいで買ったという猫のぬいぐるみ。本当にほしいものをそこまで欲して買うことのまっすぐさ。かわいいと言われるのを嫌い、かっこいいといわれたい甥っ子のかわいい部分に心くすぐられる。そういえば小さい頃からぬいぐるみに名前をつけてとてもかわいがって話しかけていたっけ。後日、そのぬいぐるみの猫(ラッキーという名前らしい)が、箱の中で気持ちよさそうに寝ている写真が送られてきた。おおそうやって使っているのだね。来年の6月と8月は義母の13回忌と義父の7回忌がほぼ同時にやってくる。久しぶりに夫の兄弟家族と会えるかな。会える日を楽しみに待とう。
(やぎ)
   
2021年8月13日
『新選組の土方歳三』  日野市に事務所があり、通勤には歩くことが欠かせない。自然といくつかのコースができた。すると土方という名前に出会うことが思った以上にある。住宅の表札に土方さんが何軒か出てくるし、土方〇〇という会社の名前もある。コーポヒジカタというおおきな表示のついた集合住宅もある。日野市は新選組の副長土方歳三の生まれた場所だと改めて思い出す。高幡不動には、銅像が立っているし、洋装の土方歳三の写真が、駅前広場をはじめ、あちこちに掲げられている。観光資源として利用されているのはわかるが、あまり土方歳三で持ちきっていると、新選組には陰の部分もあるのになどと言いたくなる。幕末の激動に巻き込まれて生き死んでいった土方歳三を、もうすこし静かに見られればいいのにと思う。(宮)
   
2021年8月6日
『BBCニュース』  最近、神奈川テレビでBBCニュースが放送されているのに出会った。何度か見てみた。シンガポールから放送していて、アジア関係のニュースが多いが、アジアに限定しているわけではなくて、世界中の動きがわかる。天気予報も幅広くカバーして報じている。台風の進路を伝えるときも台湾や韓国のことも含めているが、日本のニュースでは、日本にかかわる進路しか言わない。BBCは日本のニュース番組と比較すると視野が広い。オリンピック報道でも日本のニュース番組では日本人選手のことばかりを伝えていて、他の国や地域の選手のことはほとんどわからないが、BBCはいろんな角度から話題を探していておもしろい。最近の新聞・テレビのニュース報道について不満が鬱積しているだけに、報道の姿勢についていろいろ考えさせられる。(宮)
   
2021年8月2日
『伊藤京子』  ソプラノ歌手伊藤京子さんが7月25日亡くなったと報じられた。すぐに思い出すのは高校時代に学校の講堂で彼女の歌を聴いたこと。当時すでに名歌手として知られていた。なぜ彼女の歌を聴くことができたのかというと、高校の音楽教師の息子の妻君が伊藤京子さんだったから。澄んだ高音の美しかったことを憶えている。当時の武田忍校長の考えが反映しているイベントだったのだと今にして思う。武田校長は、ほかにも矢内原忠雄と犬養道子を呼んで講演会を開催したのを憶えている。

 音楽の伊東先生の指揮で歌った校歌は、メロディが軽快に流れる魅力ある曲でとても気に入っていた。魅力的な演奏が伊藤先生のセンスが作り出したものだということは、後任の音楽教師がテンポを変えるなどして、まったく別の曲にしてしまったのでわかった。
(宮)
   
2021年7月26日
『オリンピックとニュース』  オリンピックが始まったらテレビはオリンピック一色になった。テレビの番組表を見て驚いた。NHKは競技中継を優先して、ニュースを削っている。自国開催だからといってここまでとは!世界のニュースを見たいけれどテレビでは役に立たない。ドイツや中国の水害はその後どうなったのか、知りたいことはいろいろあるのに。熱海の土石流災害についても、まったく出てこない。アナウンサーの絶叫を聞きたくないので、スイッチを切るしかない。一方、東京の新型コロナ感染は急激に拡大しているから、オリンピックが閉会式に無事たどり着けるのかわからないのに、テレビはオリンピック選手の活躍を盛大に讃美している。やはりスイッチを切るしかない。(宮)
   
 
『できるかな?』  会社の近所に出来た中古本と新刊本を置いている本屋、南と華堂(なんとかどう)さん。この店主の井上さんは、とても開かれた心の持ち主で、気が付くと誰もがとてもリラックスした気分になっている。だからなんだろう。この書店にはいろんな人がやってきていろんな話を置いていく。先日注文した本が届いたというので出かけたらすでに二人の先客がいて、机の上にオリジナルのブックカバーが載っていた。聞けば、お客さんの一人が消しゴムハンコを持ってきてくださったので二人でためしにブックカバーを作ったのだという。「よかったらどうぞ!作りませんか?」と促されるまま、先客のもう一人と参加させてもらった。作ってみると簡単だけど楽しい。あっという間にオリジナルカバーが出来上がる。早速、その時に読んでいた文庫本のカバーにした。これから消しゴムハンコワークショップなんてやったら楽しそうと、ハンコを持ってきたお客さんとワイワイ言いながら話している。
 そして後日、別のお客さんで小学校の先生をしている男性から子どもたち向けの夏休みの体験教室を地元の本屋さんとして受け持ってもらえないかとの打診があったようだった。そんなわけで本繋がりの朔北社も一緒にやろうよと声をかけてもらった。ちょうど消しゴムハンコのブックカバー作りが楽しかったので、書店と出版社から一冊ずつ読み聞かせをして、ブックカバーを作るワークショップをしようと決まる。
 子どもの本を出していながら、実際に小学校に足を運ぶ機会はなく、こんな機会が降ってわくように訪れようとは思いもしなかった。ちゃんとできるだろうかはさておき(出来る前提)お誘いはとても嬉しいことだし、会社の近所の地元密着というのはなおさらのことだ。気持ちが浮足立ち、早速、作ったこともない消しゴムハンコを手分けして彫り始めた。どうにかワークショップに足りるくらい作ることができたのではないだろうか。問題は読み聞かせだ。当の本人は実をいうと、読み聞かせなんて甥や姪の最大2人の前でしかしたことがない…。夫を観客として練習を始めたものの、見せつつ、めくりながら読む難しさをひしひしを感じているところである。たかが読み聞かせと言うなかれ、普段、読み聞かせをする皆さんは本当に上手なのだなとつくづく感じいってしまった。あまりにちゃんと出来なくて泣きそうになる。同僚が私がやるよ!と言ってくれることを期待しつつ…。もしものために今晩も練習しなくてはと思うのだった。ちゃんとできるかな?それも張り切り過ぎたせいか、お天気予報では台風が近づいているらしいし…やれることをやり、明日を迎えたい。なるようにしかならない。腹をくくってしまおう。
(やぎ)
   
2021年7月16日
『介護事業で大儲け?』  「福祉に投資 買収ファンド大もうけの現実」という朝日新聞の記事を読んだ。外資系買収ファンドが介護大手事業をつぎつぎ買収し、高収益をあげているという。M&Aで規模を拡大、スケールメリットを生かして経費を抑えると高収益体質になる。介護報酬は公定価格で値崩れせず、政府が支払うので取りっぱぐれがない。こう述べた上で、記者が問題にしているのは介護事業の収支構造を政府が把握していないことである。しかし問題は、規模拡大した介護施設でどんな介護サービスが行われているのか、介護職員が労働に見合った報酬をちゃんと得ているのかということだ。収支構造、企業経営の観点ではなくて、介護事業の実態を押さえた経営の把握が大切なのだと思う。(宮)
   
2021年7月9日
『都議選投票率』  7月4日に行われた都議会議員選挙の投票率は42.39%だった。何と低い投票率だろう。その昔、日本人が財産の有る無しに関係なく投票する権利を獲得するために、どれほどの労力を費やしたことか。男性に普通選挙権が認められたのは1925年(大正14)だし、女性は第2次世界大戦後の1945年(昭和20)である。しかし、やっと獲得した権利だが選挙に対する有権者の関心は決して高くないと言わざるを得ない。国政選挙と地方選挙では投票率に明らかな差があるが、国政選挙ですら回を重ねるにつれて投票率は下がっている。高いときには70%台あった投票率は前回衆議院総選挙では54%、同じく参議院選挙では49%である。有権者の半数しか投票していない。
 都議会議員選挙の投票率はまだマシなほうで、自治体首長選挙などで20%台、30%台のの投票率で結果が決まっていることがある。
 低い投票率は、選挙が支えている今日の政治制度を根底から駄目にすると思うが、投票を強制することはできない。候補者や政党が有権者の関心を呼び覚ます言動をすることができるか否かは大事な要素だろう。他方有権者の方では、候補者や政党の言動に反応する知識や感覚を持っていなければならないはずだ。理屈はそうなのだが、現実は別の要因によって動いているのだ。この現状を変化させることができるだろうか。
(宮)
   
 
『無くなったツバメの巣』  会社の最寄り駅である南平の駅の階段の入り口あたりには数年前まで春になるとツバメがやってきていた。しかし去年は来ず、今年も春になっても姿を見せないので、とうとう来なくなってしまったかと残念に思っていた。ところが6月の下旬のある朝、ツバメがその場所を出たり入ったりする姿と作りかけの巣を発見した。なんだかとても嬉しかった。数日後、立派な巣も完成した。姿が見えないなと思っていたら、ある日巣の中に親鳥の姿があった。卵を産もうとしているのか、あたためているのかは定かでなかったが、もうじき生まれるなあと楽しみにしていた。しかしである。数日たったある日階段をのぼりながらふと見上げると、あった場所に巣がない。まさか!と思ってさらに数段上がって再度振り返るが、そこには、もう巣はなかった。あったはずの巣が、ある日忽然と消失することがあるのだろうか?巣があった場所は機械の配線などが入っているだろうと思われる小さなボックスの裏手。カラスや鳩に襲われたり、高い場所にあるので猫に襲われることもないはずだ…と思う。嫌な想像が頭をかすめる。人間だ。人間が故意に何かでつついて落としたのではないか…?そう考えると、そうとしか思えなくなった。何日かしてからの帰り道その場所に一羽のツバメの姿が巣があったら見守れるような場所に見られた。直感的にお父さんツバメかな?と思うが、真相はわからない。その後も夜になると時々そこにとまっているいるツバメを見る。その度になんとなく切ない気持ちになってしまう。こんな危険な場所、もう来年は来ないかもしれないなと思う。そう思うとツバメに申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。(やぎ)
   
2021年7月5日
『スピードか正確さか』  朝日新聞の記事を読んで考えた。アメリカ駐在経験のある記者の自宅にアメリカ政府からの小切手1400ドル(約15万円)が届いたという。バイデン政権が新型コロナ対策で打ち出した現金給付策によるものだ。日本で受け取った人の大半は本来対象外とみられるという。記者は取材の結果、給付のスピード感にこだわるアメリカ政府の姿勢を指摘している。弱者救済を優先して素早い給付を実行したのだが、受給資格の審査は不十分だったと。これに対して日本では、特別定額給付金や時短協力金が手元に届くのに相当な時間がかかった。記者は正確さや公正さを重んじる国民性がハードルになっている気がするという。スピードか正確さか、危機下の判断は悩ましいと。私に言わせれば少しも悩ましくなどないのである。危機下だからこそ優先するべきはスピードに決まっている。記者は本当に困っている人のことがわからないのだ。(宮)
   
2021年6月25日
『オリンピックを中止すること』  菅首相は、オリンピックを中止する気はないらしい。今朝の朝日新聞によると閣僚からも中止の進言があったらしいが、すげて却下されているそうだ。今週の東京の感染者数の増加傾向を見ても、1ヶ月足らずの後のオリンピック開催を中止することが、ごく普通の感覚だと思う。直近の世論調査をみても9割は中止、延期と言っている。健全な感覚だろう。でも当事者である組織委員会やIOCは開催に向かって遮二無二突き進んでいるようだ。そして、政府のトップである菅首相が、どんな事情かは置くとしても、開催を諦めないのである。このままいけば、惨憺たる結果になるだろうと想像できる。
 この状況で本来ならば、政府トップが適切な判断ができるのが当然なのであるが、それが期待できないわけだ。ではどうするか。閣僚にも中止が適切な判断だと考える人がいるのだから、そう考える人がその判断をはっきり表明することが必要だと思う。国会議員がもう少しまともなら首相を替えることもできるが、それは難しいだろう。とすれば、ここは組織委員会といわず、オリンピック選手といわず、ボランティアといわず、関係者が意思を表明して、できる行動を取ること、たとえばオリンピック代表選手が不参加を表明するなど。これが菅首相を翻意させる切り札になるのではないかと、想像を逞しくしている。人命に関わる悲惨な結果を避けるために躊躇するべきではない。
(宮)
   
 
『オリンピック開催への疑問』  オリンピック開催まで1ヵ月を切った。どうやらIOCもJOCもオリンピックを開催するつもりで準備を推し進めているようだ。しかしこのままでよいのか?と今の状況、この一年の経過をみて、誰もが一度は思ったのではないだろうか?

選手にはピークがあり、オリンピックに出ることは夢であるだろう。しかし新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない今、本当に開催すべきなのだろうか?
「安心安全」は誰のためだろう。もともとスポーツの苦手な私はオリンピックそのものにさほど関心を寄せてこなかった。だからと言って敵視しているわけではなく、オリンピックの選考会に通り晴れてオリンピックに行けることになった選手たちの嬉しそうな、希望に満ち溢れた顔を見れば清々しいと思うし、何かに打ち込み、やり遂げたり、記録を残すのを見て心が動かないわけではない。そしてその大舞台でプレッシャーもあるだろうに活躍する選手を(メダルがとれてもとれなくても)尊敬するし、とくに同じ国の人の活躍は素直に嬉しい。

そもそもオリンピックとはなんだろうか?「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」のTOKYO2020のHPを開いてみるとこのように書かれている。4年に一度開催されるスポーツの祭典でスポーツを通した人間育成と世界平和を究極の目的とし、夏季と冬季の大会を行っている。

そして様々な説明が続きIOCの、オリンピックに対する姿勢を3つの価値として制定している。そのままを転載したい。
■卓越(Excellence)
スポーツに限らず人生においてベストを尽くすこと。大切なのは勝利することではなく目標に向かって全力で取り組むことであり、体と頭と心の健全な調和を育むことである。

■友情(Friendship)
スポーツでの喜びやチームスピリット、対戦相手との交流は人と人を結びつけ、互いの理解を深める。そのことは平和でよりよい世界の構築に寄与する。

■敬意・尊重(Respect)
自分と他者を同じように大切にし、ルールを尊重することはフェアプレー精神を育む。これはオリンピック・ムーブメントに参加する全ての人にとっての原則である。

世界がいつもと同じような状況であれば、平和の祭典、オリンピックが開催されることは皆の待ち望んだことだろう。先に上げた、3つの価値を読むと何か大切なのか見えてこないだろうか。その精神の中にちゃんと今回の判断は出ているではないか。この3つの価値はスポーツに限らず、すべてに置き換えることができる。人生においてベストを尽くすこと、大切なのは勝利ではなく目標に向かって全力で取り組むこと、相手との交流は人と人を結びつけ、互いのの理解を深めそれは平和でよりよい世界を構築することになる。自分と他者を同じように大切にし、ルールを尊重しフェアプレーをする…山に登るときのことを考えてみたい。山の天気は変わりやすく、天候の変化と個々の体調がこの山登りのかなめになる。山は行くだけではない。戻る必要もある。行って、無事に戻ってくることの重要性。生きていればまたチャレンジは出来るが、判断を間違えば命を落とす。または同行したパーティーをも巻き込むことにもなりかねない。ほしいものを目前にしたときでもそれが揺らいではいけない。引き返すことも必要なことがある。

戦争は人の手で止めることができるが、今相手にしているのはウイルスだ。退陣は負けではなく、未来のためだ。今はオリンピックでなくコロナに対してベストを尽くし勝利ではなく目標に向かって全力で取り組むべきだと思うのである。それが人類のフェアプレーではないだろうか?。
(やぎ)
   
 
『2021年6月25日現在』  何が起きても、時間は平等に過ぎていく。言いたいことは山程あり、批判したいこともたくさんあるけれど、最近はそういう気持ちを通り越して、虚しいというか、哀しいというか、そういう思いの中でゆらゆらしている。声をあげることが大切なのは承知の上で、ニュースに一喜一憂することから少し離れて、目の前にある事実と現実に、私はどうしたいのか、この先どう向き合うのかを考える日々が続いている。(みなりん)
   
2021年6月18日
『母と父と映画館へ』  夕方、爽やかな風をうけて浅川土手の遊歩道を自転車が走っているのを、遊歩道の下から見上げていたら、同じ光景を思い出した。『青い山脈』と『サウンド・オブ・ミュージック』で、どちらも子どもたちが教師と一緒に自転車で走っていく印象的な場面だ。
 それから『サウンド・オブ・ミュージック』を母と一緒に映画館で見たことを思い出した。その日は四谷にある迎賓館の見学をすることになっていて、その前に映画を見ることにしていた。夕方帰宅したときに母が「楽しみにしていたのに、迎賓館は大したことなかったね」と言ったのだ。母は、『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐とマリアの結婚式の場面で、ザルツブルグの豪華絢爛たる建築の内部を見たものだから、それと迎賓館を比較してそのように感じたらしい。
 考えてみると母と一緒に映画を見たのはこの時が最初で最後、一度きりの経験だった。珍しい経験だったが、それでは父と映画を見たことがあるかと考えてみる。思い出した。やはり一度きりの経験で、憶えているのは『江ノ島エレジー』という南田洋子主演の映画だった。どうしてこの映画を見たのかまったく記憶がない。当時は2本立て興行の時代だから、もう1本のほうが目的だったのかもしれないが、それは憶えていなくて『江ノ島エレジー』を見たことを憶えているのである。だが確かに一緒に見に行ったのだ。
 父と母とそれぞれ一度きりだが一緒に映画を見たということを、土手の上の自転車を眺めていてつぎつぎ思い出した。
(宮)
   
 
『書けそうな日』  このコーナーは一週間に一度更新することになっているが、ちゃん真面目に役目を果たしているのは社長だけだ。何でもいいのだから誰でも書けそうだが、いざ書くことになると頭の中が真っ白で何も浮かんでこなくなる。病気だろうか?(たぶん違う。ただの怠惰な心だ)そんなわけでかなりの確率で、書くことをパスしてしまういい加減なわたし。人はどんなことを面白がるかななどと考えているともう書けなくなる。そんなことを気にしているうちに何週間もサボることになる。しかし実は小さな話題は普段いくつも転がっていて、これ書こうかななどと思うのだが、思った時にメモをとらないと忘れてしまう。夢と同じだ。起きた直後は覚えていても昼ぐらいまで人に話すこともしなければうすぼんやりした記憶になりよほど印象に残った夢でなければ忘れてしまうのだ。そんなわけで一か月に一回はサボりすぎたか!と夢から覚めたように、ハッとして書くのだが、ハッとしないと書けない自分への言い訳のようだ。書けそうな日を待つのではなく、書こうと思って書けば書けるのかな。いつでもどんとこい!のいつでも書ける状態はいつ来るだろうか。書くことを生業にしている人はやっぱりすごいなと尊敬してしまう。(やぎ)
   
2021年6月11日
『浅川土手遊歩道のゴミ』  毎日歩いているといろんな光景に出会う。ここしばらく会わないが、歩きながらゴミを拾い集めている人がいる。袋とゴミばさみを持って、目についたゴミを拾っている。散歩が目的ではなくて、ゴミ拾いが目的で歩いている。出逢えば声をかけたくなる。こんな奇特な人が人がいるかと思うと、土手に粗大ゴミを捨てる人がいる。事務用の椅子と、事務室で使っていた台(机ではない)の一部らしきもの、いずれにせよ大型の金属製のものが土手の斜面に捨ててある。わざわざこの場所に捨てに来たことは間違いない。よく見ると市役所が貼ったらしい黄色の警告書が見えたが、わざわざ捨てた人に今更警告書がなんの効果もないことは明らかだろう。さらに数日前には乳母車が遊歩道上に置き去りにされていた。ものがものなので、最初に見たときにはなにかの事情で置かれていて、持ち主が取りに来るのだろうと思っていたが、どうもそうではない。数日経っても放置されたままだ。遊歩道に粗大ゴミを捨てるのは、いったいどんな人なのだろう。(宮)
   
2021年6月4日
『オリンピック』  政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が国会で政府批判の答弁を明言した。「パンデミックの所でやるのは普通ではない」「普通は(五輪開催は)ない。このパンデミック(世界的大流行)で」と指摘。「そもそも五輪をこういう状況のなかで何のためにやるのか。それがないと、一般の人は協力しようと思わない」(朝日新聞)開会式まで2ヶ月足らずの今のこの発言。
 世論調査でも開催賛成は少数でしかない。海外の開催批判の声も一段と大きくなってきた。こんな状況で、日本の「専門家」も曖昧な態度のままでは具合が悪くなったと思う。分科会会長として、自らの存在理由を明らかにし、他方で責任の所在が何処なのか発言しているのだ。日程が押し詰まった時期における責任逃れの気味もある。他方、政府や組織委員会は開催に向けて突っ走っている。その結果どうなるのか?想像しても碌でもないことしか思い浮かばないので、まことに情けない。
(宮)
   
 
『歌う人たち』  以前住んでいた下高井戸の住宅街で歌いながら歩く人はほとんどいなかった。口ずさむくらいはあったかもしれないが気にならない程度だ。しかしである。今の場所に引越してきて3年目を迎えたが、引越してきて一番驚いたのは道で大きな声で歌を歌っている人の多さだ。顔をみるかぎり同じ人ではない。駅前で演奏するとかそういうのではない。ただ一人で、道すがら歩きながら歌う人、自転車を走らせながら歌う人、本当にさまざまだ。その歌声は家の中にも聞こえてくる。我が家の前の道を歩きながら歌っているのだ。夜、一階の台所兼居間のソファでウトウトしていると…今日も元気にだれかが高らかに歌っている。毎日ではないけれど週に1度や2度は聞こえてくる。国民性や県民性などの言葉があるようにこれは市民性なのだろうか?本人はとても気持ちよさそうだし、通り過ぎていくだけなので迷惑というほどでもないのだが、歌声が聞こえてくると思わず今日もか!と笑ってしまうのだった。その市民性に影響されたか定かではないが、我が夫は最近、家に電気がついているのを確認するや調子に乗って歌い始めるように。たちが悪いのは、わざと我が家の窓の前で顔を出すまで歌うことだ。近所迷惑も甚だしいからやめてほしい。(やぎ)
   
2021年5月28日
『イージス艦のこと』  陸上で運用するイージスアショアが、設置場所のトラブルから海上型に変換され、従来の型とは異なるイージス艦として建造されると報じられていた。その建造費の試算が先日の新聞に出ていて、あまりの高額に驚いた。2隻で9000億円という。海上自衛隊が建造した最新のイージス艦でも1隻1700億円位だから、ベラボーな高さだ。しかも当初考えられていた機能を発揮できるか否か疑問を持たれている。
 一旦動き出したプランが止められなくて、法外な予算が必要になってもそれを止める政治家はいないのだろう。軍事費といえば戦前のワシントン海軍軍縮会議を思い出す。軍縮会議の全権だった加藤友三郎海軍大臣は、国力に見合った軍備を持つべきという常識に従って部内の反対を押し切って軍縮条約に調印した。すでに建造が始まっていた新戦艦は建造が中止された。問題になっているイージス艦問題については、どんなに事情が変わっても、見直す勇気を持つ当事者はいないのだろう、見直しがされないのだから、中止される気配などまったく見えない。しかし、当事者でなくても、この動きに疑問を持つ政治家、自衛官はいないのだろうか。上記の金額を比べただけでも、いかに常識外れの馬鹿げたプランかが分かるのに…。
(宮)
   
 
『インターネットラジオ』  今の時代は便利すぎるがゆえに生きにくい部分もあるかもしれないけれど、その一方でいろんな小さな表現やつぶやきを見つけやすくなったり、伝えることができるようになった媒体が増えた時代ともいえるかもしれない。
 書店、装丁家、ジャーナリスト、研究者、その他さまざまな人たちによるインターネットラジオの番組があり、ネット環境さえあればそれらを探し、そして聴くことができる。いろんな人たちの思いがそこには自由に表現されていてなんのしがらみもないふっとほどけるような時間や、熱い思いに出合うことがある。
 そんな中、一週間ほど前に「豆と小鳥」というインターネットラジオを見つけた。見つけたといっても通り過ぎてしまうことも多いのだが、その日は聴いてみようかなと思ったのだった。聴いてみるとなんだか心地よい…なんだろうこの感じは。ご本人の話によると、このラジオを始めて1年ほどとのこと。DJ養成学校で友だちとなった二人が大人になり何年もたってから始めた自由なラジオなのだけれど、それぞれこれが本業というわけではないようだ。その二人のテンポと笑い、関西弁のやわらかい表現がとても心を豊かにしてくれる。せかせかした気持ちや、憂鬱な気持ちなんてもうどうでもよくなり草原や、森や水辺を思い浮かべながら心が穏やかになってゆく。出来立て配信の新鮮な時に聴くのは今日で2回目だが、すっかり次を楽しみにしている自分がいる。配信と同時にnoteに関連の文章も書かれていてそれもいいのだ。もちろん過去にさかのぼっても聴けるおススメラジオ。
(やぎ)
   
2021年5月21日
『ワクチン接種の予約』  新型コロナのワクチン接種がはじまった。首相が7月中に高齢者の接種を終わらせると言ったものだから、自治体は右往左往させられているし、高齢者もそれに輪をかけて右往左往をせざるを得ない。社員の経験を聞いてみると、世田谷区では、8月末に1回目の接種予約が出来たが2回目は9月になるとか。私の住む多摩市では今月初めから予約受付が始まったが何時間もかかりきりになるのはごめんなので、放っておいたが、横浜在住の知人の悪戦苦闘ぶりを聞いたので、とにかく試してみようと電話をかけた。多摩市の電話受付は、AIが24時間対応するというのでこれも体験したかった。
 15日(土)夜9時半頃電話したら、電話は1度で通じた。「はい」か「いいえ」で答えるように指示されて、会場の名前を言うところがどうかと思っていたが、これも無事通過、スムーズに数分で予約は終了した。
(宮)
   
2021年5月14日
『政治家と倫理と選挙』  町長という立場にある人が、新型コロナのワクチン接種で、高齢者に接種している段階で、自分は医療従事者だからという理屈で接種したことが報じられた。うしろめたさを感じているから、こんな弁解をするはめになる。この時期に町長は大切な役職だから、優先的に接種することもありだと思う。だが、町長はまず自分の命を守りたかったのだろう。 アメリカ下院共和党の幹部のリズ・チェイニーがナンバースリーの役職を解任された。チェイニー議員がトランプ前大統領を公然と批判したからだ。解任に賛同したした共和党議員は、トランプに逆らうことが次の選挙で不利になると判断しているからトランプに公然と逆らったチェイニー解任に賛成した。トランプがどれだけ嘘を撒き散らそうと、憲法の精神を踏みにじり、民主政治のシステムに甚大な影響を及ぼそうと、それを危惧するより自分の次の選挙の行方が大事だと思っている。チェイニー議員の格調高い演説も彼らには通じない。
 片山善博の『知事の真贋』はとても面白くて有益な本だ。地方議会には、コロナ問題で大変なときに世のため人のためにできることがたくさんあるという。具体的に書いてあるから地方議会の機能がよく理解出来、希望すら湧いてくるが、現実にはどうしてそのような活動が出てこないのかと考えると、自分の立場を守り、次の選挙を勝ち抜くことが優先されているからだろう。アメリカの共和党議員と同じことだ。選挙に縛られた政治制度の危うさ、大変さが感じられる。
(宮)
   
2021年5月7日
『ガビチョウとキジ』  この時期、明るくなった早朝に目覚めると、ガビチョウがさかんに鳴いている。他の鳥の鳴き声は聞こえなくて、もっぱらガビチョウだ。自在に声を操っておもしろいメロディーを奏でる。そして鳥といえばこの時期浅川土手を歩いていて、嫌でも聴こえてくるのはキジの鳴き声だ。独特の声で、歩行者はみなその姿を求めてキョロキョロしている。今年は飛び抜けて早い桜の季節が終わったら、緑の季節がずんずん進んでいくので、草陰にいれば見つけにくい。だが声を頼りに探して、見つけられれば、ほとんどじっとしている姿が目に入ってくる。年配の歩行者が「キジも鳴かずば撃たれまいに」などと言うのが聴こえて、おもわずにやりとしてしまうのだ。(宮)
   
 
『消えたお金はどこに?』  お金をなくしてしまった。それもなんと私にとっては大金。会社でもらい受け取った日付を書き込んだ三菱UFJの銀行の封筒。すぐにリュックに入れたはずだった。もらった日は家に帰ってからそれを取り出すことはなかった。次の日はお休みの日でコンビニに支払いいくものがあったのでその封筒をリュックから出そうと思ったが全ての荷物を出してみたが見当たらない。ないけれどきっと会社で何かを出し入れした時にリュックから出てしまったか、そもそもまだリュックに入れていなかったのかもしれないと心を落ち着かせる。ちょうど会社では5月の決算の書類を広げていたから何かの書類の中に挟み込んでしまったかもしれないし、開いていた引き出しにひょいと入れてしまったかもしれない。そして会社で探してみる…が見当たらない。もしかしてどこかで落としたのか?同僚には交番に届けておいた方がいいと言われる。落とすか?そんなお金を?と若干自分を過信するが再度家をみても会社を見てもみあたらないのでえいやっ!と連休中の5/2に交番に駆け込んだ。もしも、私がそれを落としたとして私のものだと言う証拠は記憶にある書き込んだ日付と金額のみ。銀行の封筒に入ったお金なぞ見つかるのだろうか?と諦め気分に拍車がかかる。交番にはお巡りさんが3名書類を書き終わった頃にパソコンで遺失物の拾得の検索をしてくれていた青年が「あっ!」驚きの声があがった。今の届け出とすごく合致するものがあると言う。封筒にはボールペンで日付が書かれ金額も同じ。さらに渡されたときに私の名前を社長が封筒に書いていてくれていたらしく、私のものだとはっきりするなによりの証拠となった。奇跡かと思った。まさか落としていたとは、そして拾われて届けてくれた人がいたとは!見つかったお金は昨日警察署でうけとった。お金を落とす自分の愚かさにあきれるが、拾った人だけでなく、全ての人に感謝したい気持ちになった。見つかってよかった…(やぎ)
   
2021年4月23日
『聖火リレー』  新型コロナ感染がいよいよ広がってきたが、まだオリンピック中止の判断は下されていない。そんななか、聖火リレーという一大行事が続行されている。
 ニュースで報道されているのは、ランナーがトーチを持ち、もう片方の手を振りながら走っている姿だが、実は、あのランナーの前にスポンサー企業の大型自動車が何台も走っている。自動車は派手に塗りたくられ、大音量の声が流されている。これを偶々見た人はびっくりするのではないか。私は「まさかこんな」と驚いた。こんな形で行われているとは想像のほかだった。郷原信郎さん曰く「報じられない聖火リレーの真実 大音量のスポンサー車両がズラリ こんなスポンサー車に、広告宣伝効果があるのだろうか。むしろ、沿道の消費者等に「反感」をもたれるだけではないか。スポンサー企業もよく考えた方がよいと思う。」と。
 意見に同意したいが、そもそも、コロナ禍でやっと実行している聖火リレーにあんな車両を走らせて、スポンサー企業の人達は恥ずかしくないのかと思う。スポンサーとして資金を出しても、リレーでは表に出ないで支えるという形が取れないのだろうか。1964年の東京オリンピックのときには車両といえば、警備する警察のオートバイしかなかった記憶がある。当時はスポンサー企業などなかったのだろうが、いまは、金に物を言わせて大音量の派手派手車両を当然のごとくに先頭に走らせる。縁の下で支える謙虚さなど片鱗もないらしい。オリンピック組織委員会や自治体などの関係者の中にあんな形の聖火リレーに異議を唱える人はいないのだろうか。
 また、沿道で見ている人たちがどんな感想を持っているのか気になる。郷原さんや私の反応が例外でないことを期待したいが、どうなのだろうか。政治の世界でおかしなことがたくさんあり、デタラメが行われても、人びとは怒りもせず、選挙にも関心がなく、スキャンダルが発覚した自治体の市長選挙でも投票率は20~30パーセントという低さである。 気持ちが落ち込んでしまいます。
(宮)
   
 
『急速に親しみがわく』  児童書版元の文溪堂さんがこの春にTwitterやInstagramで面白いキャンペーンをしていた。じっちょりんが歩いた道を探す、その名も「#じっちょりんの春のみち」キャンペーンだ。アスファルトや塀と道の間から生えた草花を写真をとって投稿すると抽選で3名様にこのシリーズの4冊セットをプレゼントとあった。もちろん著者のサイン入りだ。『じっちょりんのあるくみち』(かとうあじゅ作)しか持っていないのだが、読んだのはおつきみのお話と二つ。それ以来じっちょりんファンになってしまった私は嬉々としてじっちょりんの春の道に参加した。出版社のくせに…なにをやっているんだが。
が、しかし…やってみると今まで「生えているな」「咲いているな」「ずいぶん大きくなったから道のじゃまだな」などと思う以外そんなに関心を向けていなかったいわゆる通称、雑草。人が植えたわけじゃなくて自然に生えてくるものの殆どを、そう言っていたがひどい話である…。今は過去の自分に深く反省している。
 それらの草花に、このキャンペーンを通して興味を持つきっかけをもらった。本を読んでそうだねと思うのと、自分で見つけて調べて、名前を知った時の目の開かれ方の違いは本当に大きい。写真を撮り、観察し、特徴を把握しつつ調べていく。このキャンペーンはもちろん名前まで調べる必要もなかったと思うのだけれど。なんだろう?という気持ちがむくむくと膨らみ、気づけば調べていた。
 調べる時に、できれば図鑑で調べたかったが手元になく、今回はネットで検索を重ねて探した。この機会に簡易な図鑑を買おうかなと思った。名前を知り、知らなかった情報を知ることにより、目の前がクリアになり、見えなかったものが見えるようになり、グッと植物たちが自分の近くに近づいてきたのを感じる。名前を知るというのは重要なことだなと思う。人間も一緒だ、すれ違っていただけの人も、挨拶を交わしたり、名前を知ったりすると興味がますますわく。知っている草花には目が行きやすい。知ると、すぐ見つけられるようになる。知るというのは興味を持つための最強の武器なのだと感じた。そしてそれが不思議な生き物じっちょりんが植えたのだとしたら…と想像して、なんだか春の道を道草しながら散歩し、楽しい気持ちになる。文溪堂さん、かとうあじゅさん、そしてじっちょりん!楽しいキャンペーンをありがとうございました。
(やぎ)
   
2021年4月16日
『「赤穂浪士」と「たけくらべ」』  砂古口早苗さんの『ブギの女王・笠置シヅ子』が面白かったので、同じ砂古口早苗さんが佐々木孝丸を取り上げた『起て、飢えたる者よ〈インターナショナル〉を訳した怪優佐々木孝丸』(現代書館 2016)を図書館から借り出した。佐々木孝丸といえば日本映画全盛時代の脇役、それも悪役が多かったと思うが、よく見ていた馴染みの俳優だし、「インターナショナル」の歌詞の翻訳者だと知っていた。読みだしたら面白くて、ずんずんすすみ、同書後半の出演した映画をとりあげた部分に入った。ここもたいへん面白くかつ懐かしい映画が並んでいる。そこで、映画『たけくらべ』(樋口一葉原作、美空ひばり主演)について書いていて、『たけくらべ』の映画音楽がNHKの大河ドラマ「赤穂浪士」のテーマ音楽と同じだと気づいた砂古口さんは次のように書いていた。「内容が全然違うものなのに音楽が同じということが理解できない。使い回しをせざるを得ないような理由があったのだろうか。今となってはもうたしかめようがないかもしれないが……。」(同書198ページ)
 「赤穂浪士」といえば芥川也寸志の作曲で、独特のメロディーと使われている笞の音がとても印象的で、よく知られた音楽だ。あの曲が『たけくらべ』でも使われている?砂古口早苗の指摘を読むまで知らなかったので、早速インターネットで調べてみたところ、この問題を探求している研究者がいるのである。藤原征生さんという。インターネットで読ませてもらった藤原さんの論文によると「赤穂浪士」のあのテーマは映画『花のれん』でも使われていたそうだ。
 考えてみたら、作曲家が気に入ったテーマを何度も使うことはよくある。例えばベートーヴェンの第3交響曲の第4楽章のテーマの例を思い出す。だから決して特別なことではないのだろうが、実際にぶつかったときに驚く気持ちはよく分かる。
 現代音楽の作曲家が映画音楽を手掛けることはよくあることで、「3人の会」の黛敏郎、團伊玖磨のいずれも芥川同様に様々な映画音楽を手掛けていることが、藤原さんの論文でよくわかった。現代音楽の作曲家の映画との関わり、オリジナル作品との関係など面白い話題がまだ残されているようだ。
(宮)
   
2021年4月9日
『「漱石の夏やすみ」が出るまで』  4月5日、高島俊男さんが亡くなった。高島さんの本は『漱石の夏やすみ』1冊しか出してないが、いろいろな事があったので当時のことをまざまざと思い出す。
 漱石に関する本を出したいと考えていて、「木屑録」のことはずっと頭にあった。漱石の漢詩は吉川幸次郎が書いた『漱石詩注』(岩波新書、現在は岩波文庫)があり、広く読まれている。残る漢文の作品「木屑録」は全集の中で読み下しの形で読める様になっていたが、私の漢文読解力では作品を味わうところまでいかなくて、未消化のママ残っていた。吉川幸次郎すでに亡くなっていて、「木屑録」の料理法を見いだせないでいた。そこに岩波の『図書』(1996年3月号)に高島さんの「「木屑録」のこと」というエッセイが出た。これを読んだ以後、「木屑録」は高島さんでという判断を持ち続けていたが、社内の事情ですぐに動くことが出来なかった。
 動き始めたのは2年後の1998年の春だ。頭にある企画を高島さんに手紙で伝えた。すぐに手紙の返事が来て、大型連休中に京都で初めてお会いした。漱石について1冊書きたいと思っていたそうで、漢文紀行をテーマにした本の企画をすんなり受け入れてくださった。「木屑録」だけでは1冊にするのはヴォリュームが足りないのではという私の危惧に対して、翻訳文、解説、批評で構成すれば十分単行本の内容を構成できると執筆構想を語られた。
 まず「木屑録」の現代語訳が送られてきて、半年後にはほぼ全体の原稿が送られてきた。高島さんは、1冊の本を書き上げるのに通常は2、3年かかると言っておられたが、異例の速さで書き下ろし原稿が出来上がった。意欲的に仕事をしてくださったことが伝わってきた。
 その間もその後も、手紙と電話で様々なことを打ち合わせ、相談しながら作業をすすめたが、そこでトラブルが発生して、刊行中止の危機を数度にわたり迎えてしまった。トラブルのひとつは、電話だ。事務所の電話なので、かかってくれば保留して然るべき人に回す。そのとき音楽が流れる。高島さんはそれが嫌いだから「そうならないようにしろ」と言われた。そのことは社内でも周知していたが、頻繁にかかってくる電話ではないし、たまたま電話をとった人がうっかりというか反射的に保留にしてしまう。そして私が電話に出ると、「あれだけ電話の保留音楽を流すなと言っているのに、どうしてそれを実行できないのか!」と、指示を社員に周知徹底出来ない私を厳しく批判された。もうひとつ大きなトラブルは書名を巡っておきた。いろいろな書名を考えては高島さんに伝えて、議論を続けたが、高島さんはそれを出版社が書名を著者に押し付けて来ると感じて、「著者を無視する出版社から本を出したくない」と言われ、原稿は休眠状態になってしまった。
 数ヶ月後、私は高島さんに電話して、せっかく出来上がった原稿をどうしても本にしたいと希望を伝え、書名は高島さんにおまかせすると言った。この時、高島さんも書きあげた原稿を本にすることを、ようやく了解してくださった。2002年2月、高島さんが考えた『漱石の夏やすみ』という書名で、出版にこぎつけることが出来た。
(宮)
   
 
『えっ?違うの?』  コカ・コーラ社が作っている「Coke On」というアプリをスマートフォンに入れた。随分前に夫が歩くだけでも、ポイントがたまってドリンク券がもらえたなどと言っていてすすめてくれていたのに、当時は興味も持てずに入れなかった。
 しかしにわかに運動不足が気になり、そういえば…と入れてみたらはまってしまった。このアプリは万歩計がついていて歩く目標を設定し(一日最低5000歩から設定でき、その場合一週間で合計35000歩を歩けば目標達成となる)、達成すると週に1回ポイントが付く。さらに自販機で飲み物を購入すると1ポイント、そして月曜日の午前中に購入すると2ポイントとなる。細かにいろんな条件があり面白い。ただコカ・コーラ社の飲み物で好きなものがあまりないのが難点なのだが…初めての月曜日の朝早速2倍ポイントの日ちょっと時間がギリギリだったので自転車で駅に向かう。確か郵便局のところにコカ・コーラの自販機があったはず…と思ってスマホをかざすが全然反応しない。2~3度と繰り返すが反応はゼロ。仕方なくその場を離れ、駅の自販機で購入して会社へ。「なんでだと思う?」と帰宅してから夫に言うと笑われた。それもそのはず、郵便局前の自販機は赤かったけれど、実はコカ・コーラ社の自販機ではなかったのである。郵便局カラーに赤く塗られた自販機を勝手にコカ・コーラの自販機と間違えたのである。たしかにそういわれて飲み物を確認したらいろんな会社の飲み物が混在している。はははは。思い込みとは恐ろしい…。そして恥ずかしい…これからは、よく見ようと心に誓った。(やぎ)
   
2021年4月2日
『通勤途上で出会う人びと』  毎日ほぼ同じ時間に出社するので、バスの乗客もその後浅川土手を歩いていくときも同じ人に出会う。そのなかには挨拶する人も何人かいる。そしてほとんど毎日会っていたのに、いつの間にか会わなくなってしまった人もでてきて、出会う人が入れ替わっていく。
 1~2年前の冬の寒い日に若い父親が子どもを抱きかかえて駅に向かて歩いていた。毎日その姿を見ていたが、先日同じ若い父親が、小さな女の子の手を引いて歩いていくのに出会った。抱きかかえていた頃から何年か経ったのだと時間の経過を思い知らされた。
 今日初めて出会ったのだが、やはり若い父親が女の子の手をしっかり掴んで保育園へ引っ張っていく(女の子の背中から落ちかかっているリュックに保育園の名札がついている)。踏切で電車が通過するのを待つ間、しきりに嫌がって泣いている。保育園に行くのを女の子は嫌がっているのだろう、踏切を渡りながら、いよいよ泣きじゃくって、引きずられていく。たまたま出会って、かわいそうだと思うが、見ているより何もできない。
(宮)
   
 
『まさかわたしも?!』  一昨日、夫が自動販売機でコーヒーを買おうとボタンを押したらなんと、「オロナミンC」が出てきたと嘆きのメールが届いた。わははと笑った。ところがである、その翌日、今度は、わたしが、紅茶のボタンを押したのに、「アクエリアスまもる乳酸菌ウォーター」が出てくるという事態に遭遇したのだった。トホホである。似た商品ならまだしもお互いにまったく違う代物が出てくるという悲劇。もちろん電話するのもめんどうなのでそのまま飲み干したけれど…。春になりみんなすこしぼーっとしてしまっているのか…。友人にこんなことあったとメールすると、「みんな疲れているんだねえ」と返信が来た。そうか疲れていたのか。ならしょうがない。
 自販機の商品の入れ間違いというのは意外とあるものだ。しかしこんな近しい人と2連続で当たるとは!これは当たりなのか、外れなのか?!と迷うところだ。いや間違いなくはずれなんだが…話題としては面白いので当たりとしてもいいのかもしれない。今までにも入れ違いにガクリということは10回以上は経験しているだろう。お金を入れたのに出てこないことも何度かあるし、お釣りが余分に出てきたことや(前の人の取り忘れ?)、一本おしたら7~8本出てきたこともあったから(もちろん手間賃として余分に一本もらったがあとのは返した)プラスマイナスはいかがなものか。実際その補充作業、私自身もしたことがある。夫の実家の米屋がもっている自販機の補充は一家の仕事の1つだった。店の隣の倉庫からそれぞれドリンク類を運んできてガコンガコンと入れていくのは案外楽しい。調子に乗っていれていると、誰かがうっかり箱に戻し間違えた飲み物を入れてしまうことも時々あった。その時はどうしたか?夫は間違えたとわかったら出るまでお金を入れて間違った飲み物が出るまでボタンを押し続け、出していたような気がするとのことだった。私も間違えたことはありそうだがどうしたかは正直覚えていない。すぐ隣が米屋なので問題があればお客が文句を言いに来れば、ごめんなさいと言って、正しい商品と変えてあげて一件落着チャンチャン…で済んでいたかもしれない。(やぎ)
   
2021年3月26日
『篠田桃紅』  夜中に目が覚めてしまったので、ラジオのスイッチを入れたら老婦人の声が聴こえた。高齢を感じさせるが、しかしきっぱりした話し方なので誰だろうと思いつつ話にひきこまれていった。途中で篠田桃紅とわかって、これは何という幸運かと耳をそばだてた。今月1日に107歳で亡くなった篠田さんが100歳のときに放送したインタビューの再放送だった。
 篠田さんのことは、うえののれん会の雑誌『うえの』に連載されていた記事を読んで、柔らかい発想とすこしも歳を感じさせないすばらしい文章のファンになっていたのに、しばらく記事がないと思っていたら亡くなったと報道されてとても残念に思っていたのだ。
インタビューでは、両親のこと、女学校時代の話から、渡米してニューヨークで展覧会を開いたときのことなどを話していた。とにかく自由な生き方を貫いてきた人らしい。
 当時ニューヨークには約400軒のギャラリーがあり、その頂点に立つのは10件足らずのギャラリーで、どうせ展覧会をするならそこでと頑張ったそうだ。この話で面白かったのは、その10件足らずの一流ギャラリーのうちの6軒までが女性の経営者だったということを、篠田さんがニューヨークの自由の象徴みたいに語ったことだ。ニューヨークの自由な空気を満喫したことが伺われる。篠田さんの墨の作品を見てみたくなった。文章も読んでみたくなった。
(宮)
   
 
『だいじょうぶ?』  今朝遅れて会社に行く道でのこと。いつもと違う線路沿いの道を歩く。ふと見ると薄い水色のパジャマを着たおじさんがアパートの横に(たぶんそのアパートにお住まいなのだろう)椅子を出して日当たりのいいその場所でおいしそうにタバコを吸っていた。小さな小屋の前で。そこの管理しているかのように。だがそこに違和感を感じる。なぜなら小さな小屋というのが、ただ屋根のある小屋で、中には大きなプロパンガスのボンベ4本が鎮座していたのだった。ガスボンベに日当たりのいい場所ということも気になったがガスボンベの隣でゆったりあたりまえにタバコを吸うおじさん…だいじょうぶなのだろうか。ガスが漏れていなければ問題ないのかもしれない…が、もしもということがないわけではない。もしもそういう習慣があるのなら、家族や親せきや友だちなど近い関係の人ならば即座にやめるように言うだろう。気になりながらも会社につく。おじさんもそんなに長い間はタバコを吸うわけではないはずだ。今のところ爆発のニュースはない…。くれぐれも気を付けてと心の中で思った。(やぎ)
   
2021年3月19日
『消費税の税込み表示』  4月から、消費税の税込表示が義務化されると、テレビニュースが報じていた。ニュースでは、出版物のようにやっかいな問題に直面すると予想される商品もあるが、あらゆる商品はとうぜん表示画変更されることになるという感じが強く押し出されていて、政府の方針を肯定的に伝える報道の姿勢に戸惑った。
 出版物のばあい「本体価格+税」という従来からの表示が理にかなっている。消費税はすでに税率が2度変更されているが、この表示なら出版社も書店も問題なく対応できる。ロングセラーは何十年前から流通していても、たとえ税率が変わってもこの方式なら難なく対応できる。低価格の本でいちいち表示を変更するコストに中小出版社は耐えられない。「私は本体価格+税」という表示が合理だと考えている。これまで業界団体はこの合理的な方式を認めるように政府と交渉したが、認められないようだ。表示法を杓子定規に強制するべきではないし、そんなことに何のメリットもないと思う。税込価格を表示した紙を挟むなどという案も出ているらしいが……。
 朔北社はこの問題に関しては従来通りの表示を続けるつもりでいる。問題の今後の推移を見守っていきたい。
(宮)
2021年3月12日
『笠置シヅ子とブギウギ』  『ミスターオレンジ』にブギウギが出てくるが、すぐ頭に浮かんだのが笠置シヅ子だ。『東京ブギウギ』が最もよく知られているだろうが、『買い物かごブギ』や『ジャングルブギ』など笠置シヅ子の歌いっぷりには圧倒される。細川周平の『近代日本の音楽百年』の4巻目は笠置シヅ子に一節を割いていた。戦前の『ラッパと娘』などを丁寧に解説している。
 戦後まもなく、時の吉田首相から「曲学阿世の徒」と非難された南原繁(東大総長)が同郷の誼で笠置シヅ子後援会長をしていたと知って驚いた。ユーチューブでいろんな曲が聴けるが、上記の曲のほか、『ホームランブギ』聴きたくなる。単純だが爽やかななメロディだ。笠置シヅ子の曲のほとんどは服部良一が作った。二人の天才が素晴らしい世界を見せてくれたということだろう。
 笠置シヅ子は、早い時期にスパッと引退して、以後俳優をしていた。テレビで中年のおかみさん役を見たことがある。
(宮)
   
 
『人の庭は自分の庭』  住宅街を歩いていると人の家の庭が気になって仕方がない。庭はその家の人たちの好みがどの程度現れるだろうか。会社の近くはアパートもあるが一軒家も多く、庭仕事をする姿を見ることも多い。庭仕事をしているような人の庭はやはりそういう庭だ。愛情がかけられた庭。もちろんただ整えるためだけに手入れする人もいるだろう。時々好きだなと思う庭を見つける。同僚はきれいな整った庭が好きなようだが、私は結構、手入れが十分でないけれど植えられているものに関心がある。ごちゃごちゃして混とんとしているようだけれど庭木や草を見ると各季節に楽しめるそれぞれの草木が植わっていたりしてそういう庭を見ると嬉しくなる。四季折々に楽しめる庭、絵画に描かれるような木が植わっていたり、実がなる木が植わっていたり。庭は手がかかる。実家には庭があるが、私は大人になってから庭のある家に住んだことがない。家の中で育てる植物は軒並み枯らしてしまうし、何かを育てるということに向いていないのかもしれないが、実は庭のある家に憧れているのだった。今はまだない庭を思い巡らす時、人の庭をみて和む。借景ならぬ心の中の借庭を今日も楽しんでいる。(やぎ)
   
2021年3月5日
『風』  春めいてきた浅川土手を歩く。温かい風を感じると、小学校時代に担任の近藤先生が教えてくれた『風』という曲が頭に浮かんでくる。題名も単純なので覚えている。「だれが風を見たでしょう ……」という歌詞で、ウィキペディアで調べたら出てきた。クリスティナ=ロセッティ詩・西條八十訳詞・草川信作曲という曲で、冒頭の歌詞しか覚えていなかったが、歌詞はつぎのような詩で、そうだこの歌詞だったと改めて思い出した。近藤先生はこの曲を、教科書を離れて歌詞を教え、合唱させた。

  誰(だれ)が風を 見たでしょう
  僕(ぼく)もあなたも 見やしない
  けれど木(こ)の葉を 顫(ふる)わせて
  風は通りぬけてゆく

  誰が風を 見たでしょう
  あなたも僕も 見やしない
  けれど樹立(こだち)が 頭をさげて
  風は通りすぎてゆく

 温かさに誘われるともう一曲思い出す。題名はわからないがメロディと冒頭の歌詞だけが出てくる。単純に懐かしい。「桜の花の咲く頃はうららうららとみなうらら……」。また調べてみると野口雨情作詞・草川信作曲の『春のうた』という曲だった。


  桜の花の咲く頃は
  うらら うららと 日はうらら
  ガラスの窓さえ みなうらら
  学校の庭さえ みなうらら

  河原でひばりの鳴く頃は
  うらら うららと 日はうらら
  乳牛舎(ちちや)の牛さえ みなうらら
  鶏舎(とりや)の鶏(とり)さえ みなうらら

  畑に菜種の咲く頃は
  うらら うららと 日はうらら
  渚(なぎさ)の砂さえ みなうらら
  どなたの顔さえ みなうらら

2曲とも草川信の作曲で、音楽が好きな近藤先生は、どこからかこうした曲を見つけて子どもたちに歌わせたのだろう。教室での情景を今も鮮明に記憶している。
(宮)
   
 
『母との読書交流』  去年の何月からだろう、毎月一度は帰っていた実家に帰れなくなった。母の住む町の人は東京から人が来るのをちょっと嫌がっているらしい。母も人目を気にして来るなという。元気なようなのでまあいいかと訪問をやめた。しかし、今度はいつ会えるだろうか。
 結婚後自分の家族との交流は年に1-2回だったが、頻繁に会いに行っていた義父母が亡くなり、その後、父の様子がおかしくなってから実家に頻繁に帰るようになった。愛情が薄い個人主義の淡白な父と思っていたが、特に仕事を引退してからというもの、会いにゆくと本当にうれしそうだったから言えないだけで寂しがり屋だったのだろう。父の不調以降は母ともマメに連絡を取り合うようになった。その父も去年亡くなったが、現在一人暮らしとなった母への平日のみの毎日のモーニングメールは続いている。初めはたどたどしかった母の馴れないメールも随分上達して驚く。人はいくつになっても進歩するのだ。手で押して文字を探すのは億劫なようなので手書きでの入力を教えたら今はもっぱら手書きと、よく使う言葉(使っていると一文字入れただけで出てくる)を駆使して書いてくる。手書きがうまくいかないと時折不思議な文字で送られてくるのがまた楽しい。例えば「お日様」と書くところを「お曰樣」となっている…。変換間違いでは起こらないことが手書きだと起こる。母もいい加減なので似た字でもいいかと使っているに違いない。もう何ヶ月も前になってしまったが、ある日、実家を訪れたときにちょうど読み終わった2冊の本を置いてきた。するとなにやらものすごく楽しんでくれたみたいで私も嬉しくなった。そこで最近になって、時々おススメの本を貸し出すことを始めた。どうせ自分の少しの本棚からはみ出ていたので丁度よい。読んで面白かったものは感想が来たりする。まるで図書館員か書店員になった気分だ。家族で1冊の本を通して会話することは今まで皆無だったけどこんな年になってからそんなことができる関係になるとは。そんなこと誰が思っただろうか。私すら想像していなかった。まだまだしばらくは母との読書交流は続きそうだ。(やぎ)
   
2021年3月1日
『貸し切り』  コロナ感染で生活が一変したが、通勤で毎日乗っているバスも同様、変遷がある。昨春緊急事態宣言が出た直後、朝のバスは乗客がばったり減ったが、その後は少しずつもとに戻っているように感じる。他方、長期化しているコロナ対策で在宅勤務も増えているだろう。我々のような事務所でも在宅勤務が長期化しているし、当然通勤形態も変わっている。バスの乗客もそうした影響なのだろう、帰りのバスにはコロナ以前ほど人が乗っていない。以前なら終点まで乗って行く人がかならずいたものだが、最近しばしば自分ひとりが終点まで乗っていくことが増えた。大型バスの貸切状態である。(宮)
   
2021年2月19日
『土光敏夫の母登美』  ラジオの「昭和人物伝」(保坂正康)で土光敏夫を取り上げていた。土光敏夫といえば臨調を思い出すが、母親の登美という人がユニークな人だったらしい。70歳になってから、女子教育の重要なことを主張して、太平洋戦争の真っ盛り昭和17年に女学校を設立したという。とにかく70歳の女性が学校設立に奔走したということに驚いた。
 宮野澄の『正しきものは強くあれ―人間土光敏夫とその母』を読むと日蓮宗の熱心な信者で、行動力のあるたくましい女性だったとわかる。土光敏夫は母親の意図を汲んで大企業経営者になってからも質素な生活をして、収入の大半を学校につぎ込んでいたらしい。登美や土光敏夫が関わっていた時代の学校教育の記録を読むと、ひとりひとりの個性を大切にする考えで貫かれていたことわかる。設立当時志願者が少なかったこともあるが、入学試験でふるいおとすのを嫌って志願者を全員入学させたそうだ。断片的に紹介されているエピソードを見ても教育にかける熱意がわかる。そしてそうしたことの出発点に登美の強い意志が働いていた。知られざる偉人がいた。
(宮)
   
 
『隠れたつもり?』  今朝会社行く途中の、知り合いがやっている小さな畑に猫がいた。黒っぽくて茶色の混じった土に近い色合いの猫。本当に畑の中で土のように一体となっている。が、しかしいないとは思わない。私がじっと猫をみると猫は警戒して肩を少しいからせながら地面にさらに近く縮こまった。目は警戒心に満ちている。警戒しながらもちょっと隠れたつもりでいるらしい。いやいや見えてますけどね。もしかして、目を閉じていたなら気づかなかったかもしれない。人も猫も動物、視線というものは敏感に気づいてしまうから仕方ない。とりあえずお互いがどうでるかをにらみ合う。にらむ必要はないのだが、向こうがにらむのでついつい影響される。体を緊張をみなぎらせている猫を横目にその場を通過した。会社の前まで来るとお隣の塀の日の当たる場所に、今度は緊張感のかけらもない三毛猫と目が合った。お前は逃げも隠れもしないのだね。猫もいろいろだ。(やぎ)
   
2021年2月12日
『宮沢縦一『傷魂』の復刊』  70年余忘れられていた本が、復刊されるということがあるのだ。今井清一著『濱口雄幸』は55年の間眠っていた原稿を本にしたが、『傷魂』は戦争直後の本の復刊だ。復刊に関わった黒沼さんも全く知らない人ではないし、宮沢さんも『昭和の作曲家たち―太平洋戦争と音楽』(秋山邦晴著、林淑姫編 2003年)を読んで親しみを覚えていた音楽評論家だから、つよく興味をかきたてられた。

 音楽評論家宮沢縦一が『傷魂』という従軍体験記を書いていたという新聞記事(東京新聞2020.10.8)。記事によると、『傷魂』は、ヴァイオリニストの黒沼ユリ子が、著者から贈られ読まずにいた本(1946年11月初版)を新聞の切抜きなどの間から見つけ一読内容に衝撃をうけて復刊を企図し、2020年8月冨山房インターナショナルから刊行された。
 著者の宮沢縦一は1944(昭和19)年、34歳のとき赤紙がきて召集され、短期間の訓練ののち輸送船に乗せられ、フィリピンのミンダナオ島に上陸した。
 米軍の圧倒的火力、攻撃力のもとで宮沢さんの部隊はろくに戦闘する間もなく敗残兵というほかない状況に陥った。銃を捨て、食べ物を求めてさまよい歩き、あげく宮沢さんは負傷して動けなくなってしまった。幾度も自決するべく手榴弾を手にするが最後の決断がなかなかできなかった。しかし動けなくて食べ物もないまま、「決死的努力」を揮って手榴弾をつかったが、その手榴弾は不発弾だった。動けなくなって十数日後、米軍兵に発見され捕虜になった。てっきり殺されるかと思っていたら、病院で手当された。
 輸送船内の想像を絶する悲惨な環境から、負傷して動けなくなるまでのいちいちの経験を宮沢さんは敗戦の翌年に記録し、出版した。

 黒沼ユリ子は「人類が創り出した戦争と呼ばれる蛮行と、そのために不可欠な軍隊という上下関係の絶対服従社会の存在という愚かな歴史を、二度と繰り返さないために、本書が持つ否定不可能な説得力は計り知れません。……戦地から栄養失調で帰国早々の1946年に早くも「忘れないうちに」と、ペンを走らせた先生の勇気とエネルギー」と書いている。具体的な生々しい内容はあえて書かなかった。本に興味を感じたら、直接読んでほしいと思う。
(宮)
   
 
『著者紹介』  Twitterにて、朔北社のとある本の著者紹介が「クスッと笑える小ネタがいい感じ」とコメントをいただいたと聞き、実はとっても喜んでいる。情報によっては「しらんがなっ」とツッコミたくなるそうで、そんなふうに楽しんでもらえてほんとうに嬉しい。著者紹介までちゃんと読んでくださって、ありがとうございます!

 さて、著者紹介。ここにはちゃんとした著者の情報を載せなくては!と思っていたのですが、ある海外のユーモア絵本の原書の著者紹介が、絵本の最終ページに絵本の続きのような佇まいで絵とともに書かれており、訳してみると、絵本の世界そのまま引き継ぐ内容になっているではないか...。ここに普通の著者紹介を入れたら、現実に引き戻されて、せっかくの作品の世界感が壊れてしまいそう。私が訳した紹介文を見せつつ訳者に相談すると、教科書どおりの堅くて拙い訳を面白がっていただき、自分の紹介文もそれに合わせて作ってくれたのです。これが絵本の世界感にピッタリはまりました。
 その絵本は刊行当時も、著者紹介にまでこだわっていておもしろいという声をいただき、嬉しさのあまり、その後も作品によって、時々著者紹介に内容を反映した楽しい情報をいれています。
 大々的に言ってしまうとつまらないので、朔北社の絵本をあれこれ読んでいただいて、もし見つけたときには、ぜひ「しらんがなっ」と笑ってくださいませ!(みなりん)
   
2021年2月5日
『関東大震災と日野市』  刊行から2年たった今も今井清一著『関東大震災と中国人虐殺事件』は、ぽつぽつ注文があるので、関東大震災絡みのニュースや本のことには自然に注目することになる。そういう本の1冊、藤野裕子著『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代』を読んでいたら「関東大震災時の朝鮮人虐殺」に1章が割かれていたが、その中に朝鮮人虐殺が起きなかった場所として、日野町、七生村が出てきた。日野町、七生村とは現在の日野市だから朔北社の事務所があるところで、七生中学校がすぐ近くだ。日野市が出てきたので、こんどは藤野さんの叙述の出所である松尾章一著『関東大震災と戒厳令』を図書館から借りてきた。すると「自警団と地域社会」という章に「虐殺が起きなかった地域―南多摩郡日野町・七生村」という節があった。当時、七生村にはは多摩川・浅川の砂利採取の朝鮮人労働者が共住していた。大地震発生後「朝鮮人暴動」の流言があり、この地域でも青年団、在郷軍人、消防夫等が凶器を持って警備にあたり、町民も竹槍等を携えて夜番をするという状況であったらしい。しかし、虐殺事件は起きなかったのである。松尾さんは「七生村のような江戸時代以来の比較的豊かな米作農村地帯では虐殺は起きなかったのではないか」と書いている。町役場の資料や町民・村民の書き残した記録を見ると流言に対する対応、興奮の度合いなどに微妙な違いがあるようだ。(宮)
   
 
『通勤リュックの重さ』  ずっと以前に通勤の荷物が重いことをこちらへも書いたが、その後もあまり荷物が減ることはなく毎日鉛のように重い荷物を運んでいる。ますます重りが増えたようにも思えるのだが、老化のせいだろうか?あらためて荷物の中身を見てみると、朝はお弁当、水筒、水、本が時により2-3冊、書類、折り畳み傘、財布、ティッシュ、通帳、モバイル充電器、筆箱、エコバック、手袋などが入っている。重い原因はおそらく食料と水分にあたるものと本に違いない。ある日食べ終わったお弁当箱を入れ、飲み終わった水筒やペットボトルの空き容器をいれ、帰ろうとしたが、まだリュックが重い。はてなぜだろうと思い、いったいどのくらいの重さがあるのか気になり、会社にある体重計で計ってみた。すると…その体重計が壊れていないとして、メモリは5㎏を指していた。ご飯を食べて飲み物も飲んだのにまだ5㎏もあるなんて!5㎏と言えばおよそ一か月で食べる我が家のお米の分量じゃないか!ということは…行きは6㎏近くあったかもしれない…重いわけだ。確かにいらないものもあるけれど、あると安心なものばかり。今後この重さを毎日運ぶのだろうか。以前はこんなんじゃなかったのに謎である。いつか心軽やかに身軽に生きられるようになりたいものだ。(やぎ)
   
 
『猫医者』  私が体調が悪くて横になっていると、うちの猫2匹は交互にやってきて、具合が悪い所を両手を使ってムニムニする。なぜわかるのだろう。お腹が痛いときには、お腹に乗ってムニムニ。背中が痛いときは、背中に乗ってムニムニ。頭が痛いときは、ムニムニてはなく、頭にきゅっと抱きついて、毛づくろいしている。ものすごく可愛くて嬉しいのだけど、お腹が痛いときの、お腹に乗って5キロ超えムニムニは、ちょっぴりキツイ。
元気がなくて布団にもぐって横になって眠っていたら、ずっと寄り添ってくれていたようで、乗っかっていた腕と足が痺れていたけれど、嬉しくて、ちょっと元気になる。
我が家のホームドクター、いつもありがとう。(みなりん)
   
2021年1月29日
『変貌していく景色』  高幡不動駅から事務所まで歩いて通勤しているが、わずかな期間のうちに結構景色が変わっていく。コロナのせいで緊急事態宣言がだされ、高幡不動駅近くの店をみると飲食店が閉店に追い込まれているのをみる。昨年春の時点で早々と閉店したところもあれば、第3波と言われた秋になって閉店した店もある。他方、いまも営業を続けている店では、客が想像した以上に沢山入っていて歓談している。外からも見える密接した状態は大丈夫なのかと心配になる。同じ通りで大がかりな改築中の飲食店がある。
 毎日歩いていて、これまでいったい何軒住宅の新築工事を見ただろうか。外から見たらまだ十分住めそうな建物を解体して、新しい住宅が建設されていく。新築された家よりは、解体された旧家のほうが良さそうに見えることが多いのだが…。
 この1年の中では、日野市のプールが営業していなかったのは、いささかさびしかった。夏の賑わいを遠くから感じつつ歩いていたのだが。
 今年は雪景色が見られるのか、ひそかに期待して歩いている今日このごろである。
(宮)
   
 
『考える日々』  長引くこのコロナ禍の生活は、将来、子どもたちにどのように影響するのだろうか。
ほんの少しずつ日常が戻りつつあったのに、今回の第3波からの緊急事態宣言で、また振り出しに戻ってしまった。
子どもの通う中学でも、みんなが我慢の日々を送っている。毎日マスクをして過ごし、給食は喋らず前を向いて黙々と食べる。多くの行事が中止になり、運動会は無観客だった。社会科見学もスキー合宿も中止。今回の緊急事態宣言下で部活動も中止になった。合唱コンクールや、延期になっていた修学旅行も中止になるかもしれない。
いろんな場面でそれぞれに活躍できる機会があったはずで、勉強だけじゃなく、音楽、部活、給食の時間、学校行事の準備でその手腕を発揮する子もいたはずだ。人と自分を比べて足りない自分に落ち込んでも、多種多様に活躍の場があるからがんばれる。今は、誰かに認めてもらえる、個々が輝ける機会が少なくなってしまっているのだ。
多感な時期を過ごす中学校生活のこれまでの1年間、そしてこの先もまだ続くであろうこの生活に、気持ちが壊れてしまわないだろうか。私自身、中学の時に経験し影響を受けたことが、今でも負の部分で重い荷物となり、払拭できずにいる。
毎日、一生懸命過ごしている子どもを見て、何をしたらいいのか、わからないことばかりで悩むけれど、子どもたちの未来が少しでも明るくあるように、悩みながらも寄り添えるようにしたいと日々考えている。(みなりん)
   
2021年1月25日
『雪』  東京に出ていた今季2度めの大雪情報は、また外れた。土曜日の夜中に目が覚めると外を見るが、降っているのは雨で、雪ではない。夜が明けてからも状況は変わらなかった。日曜日、雨はいつまでも降り続いた。密かに雪景色を楽しみにしていたのだが仕方ない。 月曜日の朝、すっかり晴れ上がった浅川土手を歩いていつものように富士山を見たら、山頂部分が真っ白になっている。久しぶりの姿に、冬の富士山はこれでなくっちゃと思った。今年の冬は低温続きの寒い毎日なのに、これまで富士山を見ると雪が斑でどうも美しくなかったが、今朝は雪に覆われていたというわけだ。(宮)
   
 
『楽しみに待つ』  久しぶりに楽しみにいつも読んでいる本の続き?というかシリーズが1月中旬に出るという情報を年末にみつけた。そして楽しみに待っていた。現在手に入れて、読み終わったところだ。何かを楽しみに待つというのはいいものだなあと思う。待つ時間というのはまどろっこしいこともあるだろう。今やスピードの時代で、今日注文したものが明日届く時代なのだ。だけど、入学式、運動会、遠足、修学旅行、クリスマス、お正月、そして誰かと会う約束、手紙、何かの発売日、コンサート、季節…様々な楽しみをみんなが何かを待っている時間が私は好きだ。私自身も待つ間のわくわくですでに満足してしまうことも。特に旅は、その傾向が強い。調べるところから始まる。行き帰りの列車、移動のための手段、行きたい場所、泊まる宿を調べ予約する。妄想と想像がどこまでもどこまでもすでに旅を始めている。自分の会社の本はどうだろう。楽しみに待たれるような本を出せるようになりたい。待ってましたと発売日ににこやかに買っていかれる本がいつか出せたらいいなと思う。(やぎ)
   

『2021年の始まり』  2019年末から2020年正月は子どものインフルエンザ+胃腸炎にて帰省できなかったのですが、2020年末から正月もこの状況下なので、帰省はせず、どこにも出かけず、家族でのんびり自宅で過ごすことにしました。
私の実家では毎年おせちをほぼ手作りしていて、2年続けておせちが食べられないのは寂しいので(去年は消化の良いものしか食べられなかった)、「よし!おせち料理を作ろう」と、数日前から計画をたててみました。気合充分だったのですが、気がつけば知り合いから昆布巻をもらったり、量が多いからと分けてもらったり、安くなってるからとちょこちょこ買っていたら、結局作らずじまいのおせち的なものが完成。私のやる気なんてそんなものです。引き出しに残る、やる気のかけらのひとつ、黒豆とかはそのうち煮ることにしよう。
さて私の正月の楽しみの一つ、元旦の実業団駅伝と1月の2日、3日の箱根駅伝があります。いつもなら、初詣に行こうとか、どっか出かけようとか、家族からの圧力があるのですが、今年は堂々とこたつに入ってテレビの前で観戦することができました。しかも、両駅伝とも私の応援しているチームが優勝!(わーい、わーい。)箱根駅伝に至っては、最終10区での胸が熱くなる勝負で涙、涙。充実した駅伝3日間でした。ちなみに1月も末ですが、まだ優勝の興奮は冷めておらず、いつでも駅伝について熱く語ることは可能です。来年が楽しみだー
(みなりん)
   
2021年1月15日
『今井先生』  1年前『関東大震災と中国人虐殺事件』を刊行したとき、著者の今井清一先生は献本につける挨拶状のことを相談するなど、まだお元気であった。2020年、年明けに初めてご自宅に伺ったときには、何度目かの刊行祝の祝杯を上げることを望まれて、私も何度目かの楽しいひと時を過ごさせていただいた。
 2019年の後半には、刊行を目指して最後の仕上げ作業を先生に繰り返しお願いした。いつも仕事をされている居間で打ち合わせをするのだが、伺ったときに、ベッドに横になっておられたことがある。訪問すると、起き出されて居間に移るのだが、ある日「今日はベッドでやりたい」と仰る。書きかけの原稿を仕上げるために問答を繰り返したが、作業が終わったとき、懸案が片付いて喜ばれた先生が、ベッドからしきりに腕を私に伸ばしてくる。結局握手をしてその場は終わったのだが、あとで、はたと気付いた。先生は拳を私に差し出していた。ぐータッチをしようとしていたのだ。疎い私はそれがわからなかった。原稿を完成させるための一齣だが、必死に協力してくださって、そのあげくの喜びの表現だった。先生、鈍感で申し訳ありませんでした。
(宮)
   
 
『キャベツだらけの年明け』  年が明けた。父が亡くなって初めて迎える正月だったので、年賀状もお飾りも、特別なことはしない正月を迎えた。いつも週に1度、食材を生協に頼むのだが、去年末はうっかり4週連続キャベツ一玉を注文し、3玉は消費できぬままにお正月を迎えてしまった。数年前までは毎年夫の実家に帰っていたが夫の両親も亡くなり、ここ2年ほどは、東京で過ごしている。数年前に父の調子が悪くなってからは千葉県の外房にある私の実家へ、お正月をさけ、姉兄と同じ日にならない日を選び、帰っていたが、今年はコロナの感染が広まっていることも考慮して自宅にじっとしていた。
 そこでまたキャベツの話に戻るが、今年は兄が年末に連絡してきて元旦の日に、引越した先の(1年半まえに引越した)今のおまえの家を見たいから出かけがてら30分くらい寄っていいかとのこと。少々兄が苦手なので断ろうかとも思ったが、たまにはいいかと思いなおし「お茶とお菓子を用意してまっています」と返事をした。そして元旦当日にやってきた兄の家族。兄は最近野菜作りに凝っていて色々育てているようだ。そしてもらったいくつかの手みやげの中になんと、またキャベツがあった…。まさかの…キャ、キャベツか?!と思ったが、いらないとも、沢山あるとも言えず、ただ「ありがとう、すごいね。きれいに売り物みたいに出来てるね」とほめて(お世辞ではなく本当にそのとおりだった)受け取った。年始から二人家族でキャベツ4玉。そんなわけで毎日キャベツを消費すべく熱心にキャベツを調理している。そのうちイモムシになってさなぎになるかもしれない…。それならいっそのこと今年は蝶のように飛び立てる日がくるかしらと今日もキャベツ料理を考えている。おかげで現在3玉目。あと少し。キャベツに息絶え絶えの年明けであった。(やぎ)
2021年1月8日
『政治的伝統』  トランプ大統領の演説に誘導されて大勢のトランプ支持者が連邦議事堂に侵入占拠するという事件は、興味深いいろいろな反応を生み出した。ペンス副大統領は、議会でトランプの指示、依頼に背いて、バイデンの当選を認める立場に立った。トランプ支持者の議会侵入の目標はペンスだったという報道もある。トランプの行動にこれ以上ついていけないと、ホワイトハウスのスタッフが何人も辞任する。閣僚からも辞任の動きが出た。過去の国防長官経験者10人がトランプ大統領非難の声明を出した。憲法の規定を適用してトランプ大統領罷免を主張する動きもある。これには副大統領と内閣の半数の賛成が必要らしいが、トランプ大統領の任期があと2週間もないこの時期にこういう行動が主張されているのは現状に対するよくよくの危機意識の反映だろう。議会内の動きにも、当初はトランプ指示の行動をとるとしてきた議員が、反トランプの立場に変わったという例が出てきた。議員、政府高官、閣僚経験者、行政官などの政治行動を決めているのは高邁な政治的理念だけではないだろうし、自身の利益を計算したものであるだろう。だが、報じられる言動をみると、アメリカ民主主義の精神に立ち返って、独立革命以来の現在の政治システムを守ろうという姿勢が出ていることは確かだ。そこには自分たちの生きる社会の根底を壊すべきではないという判断がある。建国の精神を尊重する意識、伝統に対する誇りがある。分断された社会に深く傷つき、悩んでいると言われる現代アメリカだが、建国の精神とそれに基づく行動がなくならないかぎり、アメリカはいずれ混乱から立ち直り、社会は再建されるだろうと思う。この点が日本の事情と決定的に違うところだ。日本で、与党政治家や官僚に、日本国憲法にもとで出発した、政党を担い手とする議会政治の存在意義をしっかり認識し、このシステムを守ろうという意識があるとは到底思えない。現在あるのは、政権与党であり続けることを最優先する党派的計算と行動だ。森友問題で自殺した赤木さん以外に、行動の責任を取って辞職した人は一人も出てこない。(宮)