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「王様の耳はロバの耳」(2017)
 
2017年12月8日
『ウソとホント』 国会での質疑を聞いていると、あるいは質疑の経過を整理したものを読むと、たくさんのウソが発言されてきた。たとえば森友問題発で、関係資料は残っていない処分されました、土地の譲渡にあたって条件について話し合ったことは一切ないと財務省局長が答えた。その後、この発言を覆す資料が出てきたときにどうなったか。どうともならない。財務省も釈明しない。テレビも新聞も問題自体にほとんど触れないし、触れたとしてもたとえば国会の質疑で野党が矛盾を追及したということをちらっと伝えるたえるだけだ。ウソ発言自体を正面から批判する動きはない。国会の質疑は限られた時間を与野党で分けて行われるので野党が追及しようとしても時間切れでおしまいになる。要するに質疑の場をとにかくやり過ごせば、非を認めず理屈にもならない言い逃れをしてその場を終わりに出来ればOKらしい。この辺のことをネット上で『日刊ゲンダイ』は鋭く攻めているが、一方的に批判の議論を展開しているだけで、影響力を持っていない。私は『日刊ゲンダイ』と一緒になって政府や財務省局長を批判することにまったく躊躇しないが、これとは別に気になることがある。さまざまの理由があってウソをついたとして、ウソを覆す証拠が出てきたときには、ウソと認める行動様式が必要だと思う。その昔アメリカのニクソン大統領がウォータ事件で辞職せざるをえなかったのは、与党である共和党も、ニクソンのウソを庇いきれなかったためだ。この限界線の認識・感覚を与党といえども持っていなければならないし、財務省など政府組織もこの感覚を持っていなければならないし、誰もが持っていなければならないのだ。さもないと道徳的ニヒリズムが社会を支配する。前川前文部科学次官はこの感覚を持っていた人だったと思うが、マスコミは上記に言ったような観点から前川さんを扱っていない。ニクソンのひそみに倣っていえば、社会をニヒリズムに陥らせず真っ当な道徳観念の流通を確かなものとするために、今一番欲しいのは与党自民党、公明党の議員たちが、ウソ発言を正面から批判し、事実を明らかにすることである。このことは一自民党安倍内閣の命運を慮るより遥かに大切な行動だと思うが、残念ながらそのような動きはまったく認められないのである。このような状況を、現実の分析・批判にとどまらず制度と絡めて、何が問題なのかを解説してくれる評論が読みたいが、そういう文章は稀である。その点、クルーグマンの記事は読み応えがある。日本のクルーグマンがほしい。私の知っている範囲では僅かに郷原信郎がいるが。(宮)

『はまっているモノ』 ここ最近はまって読んでいる本がある。矢崎存美さんの「ぶたぶた」シリーズ。主人公はぶたのぬいぐるみ。だが児童書ではない。そのぬいぐるみの彼は人間と同じように暮している。山崎ぶたぶたという名前を持ち、仕事までしている中年男性(本によって職種は変わる)。美人の奥さんと結婚し、娘も二人。そして料理の腕がすばらしいのだ。好きにならずにいられるだろうか?かわいい外見とは対照的にしぶくていい声してるんだそうだ。ありえない話なのだが、出てくる食べものはおいしそうでそそるし、ぶたぶたの言動や、それを見ている色んな人たちの心の動きも面白い。その人たちの心の声は私もそう思うよ〜と共感を呼ぶのだ。それだけならそれまでなのだが、意外にもホロリとしたり感動もさせられてしまっている私。徳間文庫で何冊か(4〜5冊?)と光文社文庫で20冊くらい?出ているようで、まだまだ楽しめそう。本屋でこのシリーズを探す時、記憶力の乏しい私は「ぶたぶた」の名は覚えても作家名を忘れるから文庫本の棚からなかなか見つけられない。矢崎さんは「や」なので毎度あいうえお順の最後の方にやっと見つけ出す。最近は下の方という記憶だけ残って探すのも早くなったが。ぶたぶたの魅力に取り付かれた私は本屋を覗くたびについ1〜2冊購入…。おそろしやぶたぶた…。シリーズが今も続いているということは…何気に人気物なんだろう。そして本屋の棚を見るたび、自分が持っている本とそうでない本を無意識に並べ直す私(何のため?)。怪しい行動だけでも改めなければ…(やぎ)
2017年12月1日
『100円ショップのカラヤン』 最近、毎朝出勤すると始業時間まで音楽を聴いている。YouTubeを愛用していて、いまはモーリス・アンドレが演奏するクラーク(昔はパーセルの曲といわれた)のトランペット・ヴォランタリーを聴く日が多い。さわやかで軽快かつ威勢のいい曲が耳に心地よい。自宅ではパソコンがないので、手持ちのCDをかけているが、いまはカラヤンのJ.シュトラウス曲集をよく聴いている。このCDは10年以上も前に100円ショップに出ていたのを値段につられて買ったものの1枚だが、若いときのカラヤンは小気味よい演奏をしていて、繰り返し聴いている。家にラジオしかなかった時代によくカラヤンが放送されていたことを思い出す。100円ショップで買った中にもこんな掘り出しものがあったというお話。(宮)

『求められている仕事』 今、日本のあちこちで増えすぎた動物たちによる被害があるが、両親の住む千葉の御宿町もその一つだ。以前にもその町で小さな動物を見ることはあったが、イノシシやキョン(外来種の鹿のような動物)はみたことがなかった。ある時から母が「鹿みたいなキョンっていう動物が歩き回って庭の作物なんかを食べるの」とか「イノシシが住宅地にやってきて家の庭に大きな穴を掘るの」とか「夜はイノシシに襲われるから歩けない」などと言う様になった。確かに以前、庭に大きな穴があいているのを見せてもらって、これは確かに大変だと思った。「お隣も大きな穴を掘られて…」とのこと。掘る場所によっては建物に被害が出ること間違いなしだ。なぜ動物たちは増えてしまったか?キョンという動物を調べていたらこのあたりの動物園で以前台風で柵が壊れ逃げ出して以来、温暖で食べものが豊富な房総一帯で増え続けていると書いてあった。逃げ出した動物が繁殖…逃げ出した動物を捕まえることはできなかったのだろうか。調べていくと1980年代に逃げたキョンは2002年に1000頭になり、今や5万頭に届く勢いなのだそうだ。この御宿町あたりに猟師はいるのだろうか?母に聞くと「いるよ。でも足りないんじゃないかな」とのこと。さらにもう少し詳しそうな母の知り合いに聞いたら5人いるとのこと。房総全体で何人いるのやら。房総全体で5万頭なので御宿町の個体数はわからないが、もっといないと追いつかないだろう。猟師という仕事は昔からあれど、高齢化し人数が減ってきているだけでなく、なり手もいないのが今の日本の現状ではないだろうか。外来種問題もあるが、食べるための狩猟をしなくなったとたんに生態系は急速に崩れていってもいるのだろう。イノシシや鹿は食料にもなるし、皮はいろいろなことに使える。仕事として成り立ちそうだが。そこで母が言う「〇〇クン、就職先決まってないなら、猟師はどうかしら?」と現在、無職で就職活動中の夫のことを言う。いや半分は本気の発言。いつの時代も求められている仕事がみんなのなりたい仕事とは限らないけれど、なくしてはいけない仕事というのはあるのだなあと思った。今の日本で、それで生きていけるかも判らないし、捕らえられた動物は、食べ物として捕らえられたわけではなくなってもいて、その行く先はいかなるものなのだろうと心配にもなる。せっかく捕らえられたなら十二分に活用してもらわなければ気の毒とも思う。ちなみにキョンも食べられるらしい。脂肪も少なくやわらかいそう。早速帰宅後、夫に「母がおすすめの就職先があるっていうんだけど…御宿で猟師求められてるみたいだよ」と伝えると、笑ってかわされてしまった。残念!(やぎ)
2017年11月24日
『独立を忘れた日本人』 安倍内閣の危険でおよそ信頼できないない政策を見てきて、あらためての本の近代史、とくに戦後の歴史を勉強し直すと、日頃気にもとめていない日本の驚くべき実態を認識せざるを得ない。早い話、日本は敗戦後、アメリカ軍の占領下におかれたまま、今日まで変わらずアメリカ軍の占領下にあるということだ。昭和27年に独立したことになっているが、あれは形だけで、実質は占領が続いている。ということは日本はアメリカに治外法権を認めている。だから沖縄でどんな事件が起きても警察の捜査すら出来ないということが繰り返される(もちろん沖縄に限らない)。この単純な歴史の事実を多くの日本人は忘れてきたし、いまも忘れている。世界で指折りの経済大国で豊かな暮らしを築いてきた日本人は、独立の気概を忘れ果てたまま今日も生きている。形だけの独立をしたことは、いろいろのことに形だけ最もらしく見えることを繰り消し繰り返し続けてきた。この基本的構造を頭にいれてさまざまな政治問題とその扱われ方をみると、いつも形だけもっともらしく見えるやり方がなされていることがよくわかる。(宮)

『富安陽子さんの講演会』 11月上旬に、ジュンク堂池袋本店で開催された富安陽子さんの講演会に行ってきた。ちょっと前まで私は、富安さんを知ってはいても、その本を読んだことがないという児童書を出している出版社にはあるまじき富安シロウトだった。しかし、ある時、日野市の図書館で司書さんのオススメコーナーに「妖怪一家九十九さんシリーズ」(理論社)があった。とおり過ぎようとして本と目が合った。呼ばれたんだと思う。読み始めたら面白くて、以降は次々次の巻、次の巻と夢中に。とくに妖怪好きなわけでもない私だが…そもそも設定がとてもよいのだ。それぞれの妖怪にすごくぴったりの設定。その妖怪が怖い場合もあるのだが、どうにか人間達と折り合って生きて行くためにそれをうまく調整している妖怪達にリアリティーを感じ、その欲と我慢に思わず笑ってしまうのだ。たぶん家族となった妖怪の組み合わせもいいんだろう。
面白かったので九十九さんだけではあき足らず、ほかにも何冊か読むことになった。会社の同僚にもすすめてしまった。しばらく私の中の富安ブームが続いたわけである。富安さんの描く物語の多くは、常に私たちが古くから共存してきたり、語られたりしてきた人間ではないけれど側にいる者をテーマにしていることに気づく。
そんなマイブームも少し落ち着いてきた頃、先日の講演会を発見した。同僚にも声をかけると一人は一緒に行きたいというので、早速2人分申込んだ。富安本をほかにも読んだ同僚が教えてくれた彼女の本の中にも書かれていたが、彼女のまわりには小さい頃から大人たち(主におばあちゃん?)がいて色んな昔話や民話、神話、妖怪などについて語り、口承伝承の世界がいつも側にあったのだと講演会でも話されていた。講演会の内容は大好きな「九十九さん」の話ではなかったが、それらに繋がる富安さんの創作の原点や、お人柄を知るとても貴重な体験になった。そして講演会で熱くなった心のまま本を3冊も購入。1冊だけ買ってサインをと思っていたのに…もちろんお財布は空っぽに。まあ心が満たされたからよしとしよう。その日『オニのサラリーマン』(福音館書店)の絵を描かれた大島妙子さんも来場されていて、こちらにはお二人のサインをいただいた。このオニの名前は大島さんが決めた(?)らしく、仕上がってきた絵にはオニの主人公が差し出した名刺に「オニガワラ・ケン」と書いてあったそう。富安さんは、そうか彼はオニガワラ・ケンなのかと思い、名前があるならと本来1冊で終わるつもりだった絵本の続編を出すきっかけになったという。とてもいいエピソードだ。みんなが得意分野で一つの本を仕上げていくことで、本はよりいい本になっていくし、一人では起こらないことが人と係わることで変化していくのだと、当たり前なのだけれど改めて思いった夜だった。
(やぎ)
2017年11月17日
『ファビング』 本日11月17日の朝日新聞の「天声人語」の書き出しの一節、「近年、英語圏でファビングという新語が広まり、辞書にも収載された。フォン(電話)とスナビング(無視)を合成した言葉だ。スマホやタブレットを見たり返信を打ったりして目の前の人を無視する行為を指す。」該当する日本語は無いようだが、「歩きスマホ」はよく使われる言葉だ。いま横綱日馬富士の暴行事件が報じられているが、スマホが絡んでいるらしい。この事件はまさに「天声人語」のいうファビングの結果らしい。外出すると一部の老人まで含めて若い人のスマホ、ケイタイをさわっている人の多いこと、多いこと。電車の中は言うまでもなく、危険だから止めるように言われている「歩きスマホ」もずいぶん多い。ケイタイに入ってくる情報をまめにチェックしない私のような使い方も、役立たずで非難されるが、存在する便利な道具をこの世から消し去ることは出来ないわけで、ほどほどに付き合うしかないと思うけれど、「ほどほど」が出来にくいもののようだ。(宮)

『道路の自転車標識』 昨日の朝、駅の階段を降りると道路の右端に、道に白い標識を描くための道具が置いてあった。大きく場所をとっていたそれは、一枚もののステンシルの型みたいな代物だった。型抜きしたそこに白いペンキで道路にその型をつけていく。昔、線や数字を道路に直接描くのを見たことはあったが、ステンシル方式で描いていくのは初めて見た。今回の標識は、自転車が道のどちら側を走るかを示すもので、自転車に人が乗っている形を型どっているので太い一筆描きでは表現は無理だろう。夕方帰るときに見たら、駅までの道には、朝まではなかった自転車のマークがあちこちに描かれていて笑ってしまった。それも、そんなに道幅が広くない道路に沢山。こんな狭い道にと、なんだか不思議な気がしたが、子ども達に自転車の交通ルールを教えるのにいいのかもしれない。でも一番覚えなきゃいけないのは本当は大人。なんせ、今の今までは右も左も真ん中も自由に走り回っていたのだ。いまさらちゃんとルールを守ることができるのだろうか?とちょっと自分のこととして考え不安になった。改めて自転車も車両であると自覚。交通ルールを守らないと大事故もあるのだよなあと思ったのだった。(やぎ)
2017年11月10日
『土手の草刈り』 私の記憶では今年3回目になる土手の草刈りが今週行われた。9月の草刈りでは夏中大きく延び育った草をすっかり刈り取ったので、景色が一変したが、今回は草刈りが必要とは思えない状況のなかで軽く刈り取られていた。ほとんど枯れて一面茶色に覆われていた河原は10月後半の大雨ですっかり流されてしまい、灰色の砂利の河原になっている。いまは雨が上がってきれいに澄んだ水面にまだ枯れきっていない土手の草の緑が映える。年3回の草刈りが予定されているらしいが、おかげでよく手入れされた川の景色を味わうことができる。浅川のような小河川ならこうした手入れも可能なのだろうが、多摩川クラスの河川ではどんな手入れがされているのか。(宮)

『私にとってかわいいのは…』 少し前に上野動物園に暮らすシンシンが子どもを産んで、日本国民みんな(?)大喜びだ。かわいいシャンシャンの成長を写す映像や写真がテレビや新聞に明るい話題を振りまいている。しかし、わたしの目にはシャンシャンは映らず、ついついシンシンを目で追っている。シャンシャンを愛情いっぱいにかわいがるシンシンが、かわいくてしかたない。かいがいしくシャンシャンを世話するシンシンをみていると優しい気持ちになる。本当に我が子がかわいくてしかたないんだろうな。(やぎ)
2017年11月7日
『神保町ブックフェスティバル』 11月3,4,5の3日間第27回神保町ブックフェスティバルが行われた。珍しく天気に恵まれた。大勢の来店者の中に朔北社を目指してきてくださる人が増えたことがとりわけうれしい。新刊があまり出ていないので、選択に困る人がいただろうが、それでも説明に耳を傾けてくださり、おすすめした本を買ってくれるありがたいお客さん。前回買った本が面白かったので、また来てくれた人が幾人かいる。毎年朔北社で買うことに決めていると言ってくれた中学生(?)の来店など、例年に増して充実した3日間であった。困ったのはすぐそばにマンホールがあって、臭気になやまされたこと。マンホールの穴をテープで塞いだが、なかなかおさえきれなかった。(宮)
2017年10月27日
『富士山再登場』 今朝(27日)は富士山がくっきり見える。数日前に富士山初冠雪のニュースが流れた日に、浅川土手を歩きながら今季初めて真っ白な富士山をみたが、雨の日を挟んで今日も見ることができた。冬の到来を感じる。世の中がどうであれ、自然は大きな規則性に則って動いている。しかし決して単純な繰り返しではなく同じ姿は2度と見ることが出来ない。浅川は堤防に守られているが、川筋はかわってしまった。そんななかいろんな鳥たちが相変わらず生きている。(宮)

『日野の自然と清流』 会社がある日野市は清流の町だ。南平もあちこちに水路がありキレイな水が流れている。緑と清流課という課があるくらい、清流は市が大切にしいる財産の一つなのだろう。私は今年この日野市の広報に出ていた「雑木林ボランティア講座」(全11回)に、春から月に1回、通っている。10/21の土曜日は午前は講義、午後は緑地観察の予定だったが雨のため外での観察は中止。午後も座学に切り替わるも午後の先生の到着が遅れて到着する間に、報告があるとのことで雑木林のボランティアであり、雑木林の講座の講師もつとめている先生が話始めた。「実はここにきて大変なことがわかった」という。その日、講座を受けていたカワセミハウス(市の施設)の裏手にある黒川清流公園の上方に13階建てのマンションが横並びに5棟も建つという話だった。着工は2018年の3月。最近になってマンション建設を知り図面を見た、公園を守る人たちが、これはえらいこっちゃとなったらしい。その建築により地下を流れる湧き水の水脈が変わる可能性があるのだという。最悪の場合、水の流れない公園になる可能性もあるようだ。今までも漠然と宅地化とその影響について考えることはあったが土をいじるということで、その下に住むもの、水の流れなどにも大きく影響するのだという切羽つまった思いを抱くことはなかった。しかし目の前の出来事にとして捉えたらこわいなあと思った。知らないということは恐ろしい…日野市が大事にしている公園の清流がなくならずにすむ道が見つかるといい。おそらく(私の想像でしかないが)この清流(湧き水)の流れる自然豊かな環境"というのがマンションの売りの一つになっているのではないだろうか?マンションを建てたらなくなってしまったでは元も子もない。このマンションに係わる会社がちゃんとこのことに耳を傾けてくれる人たちであってほしいと願っている。(やぎ)
2017年10月23日
『浅川の濁流と総選挙』 超大型の台風21号が、総選挙の投票日と重なった。22日の投票日は台風のために、有権者の足にブレーキをかけられた。23日台風が過ぎ去り雨もあがった淺川土手を歩いた。土手に上る前に流水の轟音が聞こえたので、水嵩がさぞや高くなっているのだろうと想像したが、そのとおり茶色の濁流が流れていた。選挙結果は自民党の大勝だったから、この先、この濁流のごとく大切なものを押し流すかと思うと恐ろしい。投票は、候補者の政策や能力で行われているとはとても思えない。たとえば国会で能力を疑われ、嘘をつき、不祥事を起こした候補者どうなったかを見ると、多くがしっかり得票し当選している。俗に地盤、カバン、看板といわれるが、地元での関係こそがものをいっているようだ。結果として自民党が圧勝し、安倍首相が引き続き政権を担当するのだろう。(宮)
2017年10月13日
『柘榴』 朝の通勤途上、浅川土手を歩いていたら、川沿いの住宅に赤い実がなっている木が見えた。あの赤さは柘榴だろうと思ったら、こどものころ母の実家を思い出した。祖母と一緒にどこかに出かけて帰ってきたら、庭先に熟して笑みわれた柘榴があって食べるようにとってくれた。そのときの甘さは強く記憶にのこった。その後も柘榴を口にする機会はあったが祖母がとってくれた柘榴の味がしないのだ。あとグミの味も忘れられない。秋祭りに母の実家に行くとグミと柿をたくさん食べるのが楽しみだった。実家は近郊農家で、畑で麦、きゅうり、なす、とうもろこし、トマト、いんげんなどいろいろな作物を作っていた。畑はその後10年ぐらいの間になくなって、住宅に姿をかえてしまった。柘榴を見て突然蘇った昔話である。(宮)

『透明な紅茶』 最近、透明な紅茶なるものが出回っている。最初はただの紅茶、そしてレモンティー、ついにはミルクティーまで透明なのが出た。でも一体なんのために?と思い、会社で同僚と話し「どうせ紅茶を飲むなら紅茶らしい色の紅茶を飲みたい!」と話はまとまったはずだった。しかし買ってしまった…不慮の事故とはいえ。私は思い込みが激しいらしく、特に朝、ぼーっとした頭のまま自動販売機で飲み物を買うときにその力を発揮してしまうようだ。いつもはコーヒーが好きな私だが、このところ急に紅茶の類が飲みたくなってきた。おとといは見た目が似ていたというだけで紅茶と間違えてカフェオレのペットボトルを買ってしまった(自働販売機で買う紅茶のサイズより大きかった)。そして今日はというと…(あ、紅茶)とラベルをみて確認。果たして出てきた紅茶は透明な例の紅茶であった。二日も連続して本当に飲みたいものを買えなかった自分が情けない…。まあ試しに飲んでみると確かにミルクティーぽい。でもなぜ手間をかけて?透明である必要があるのか未だに疑問だ。香料を使えば安く上るのだろうか?紅茶色したものがあら不思議振ったら透明になっちゃった!という手品だったら面白いけれど。真相はいかに…話題性は大いにあるけれど、やっぱり私は自然な色つきが飲みたいんだよなあ。(やぎ)
2017年10月6日
『総選挙直前の渦巻き』 9月25日から10月6日までの12日間に次のような動きがあった。9月25日安倍首相の衆議院解散表明、同日小池百合子が希望の党設立を発表、28日衆議院解散、同日民進党両院議員総会で希望の党への合流決定(前原誠司提案)、10月2日枝野幸男が立憲民主党設立。総選挙を目前に控えて民進党の衆議院議員は、希望の党、立憲民主党、無所属の3グループに分かれた。
ここには安倍晋三、小池百合子、前原誠司、枝野幸男の4人の役者がいる。
安倍首相は自分にとって最もよいと判断したタイミングで衆議院を解散した。演説で、北朝鮮の脅威を繰り返し雄弁に語る。これに動かされる有権者がいることはたしかである。安倍首相のいう安全保障上の脅威と安倍支持とは結びついていて、首相はこれを良く認識していて活用している。
前原誠司は自身の政治的意図にしたがって希望の党と合流するべく小池と話し合ったのであろうが、結果は小池に翻弄されて民進党を崩壊させることで終わった。これを「想定の範囲内」と言ったものだから、批判の嵐に曝されている。
小池百合子は小泉純一郎ばりの政治的勘を縦横に働かせて関係者を煙に巻き自在に操ってきた。民進党を併合し、自民党に対抗できる政党を無から生み出したかに見えた。しかし一人でやれることには限界があって、ほころびも目に付く。加えて勘が狂うこともある。民進党から合流する政治家に踏み絵を踏ませたうえで「排除する」と発言したことは、細川護煕が選別を「こざかしい」と批判したように転機になった。
枝野幸男は立憲主義と民主主義の筋を通す役回りとなり、「リベラル」の受け皿を率いることになった。民進党代表選挙で代表になっていたら出来なかったことが、現在は強い支援を受けて具体化できつつある。
上記の渦巻きやその意味ををどこまで知ったうえか、あるいは知らないままにか、有権者がどんな判断をするか?
(宮)
2017年9月29日
『小野光子さん』 さる27日、小野光子さんが90歳で亡くなった。初めてお目にかかったのは、珍しい経験を持っているので話を聞いて記録を残したいという誘いがあって、2006年にお宅にうかがったときだ。その夏に何度もうかがって談話を録音した。文字起こしをして、プリントを見ていただいたら、小野さんはがぜん興味が湧いてきたようで以後数年にわたり加筆、削除、原稿整理の往復運動がつづいた。中身が膨らんで面白くなっていくのがわかって、楽しい作業だった。さらに、仕事のあとの雑談が面白くて、「おっかないおばさん」という昔の偏見はきれいになくなった。政治から文化、スポーツまで関心の幅がひろいうえ、テレビをよく見ているし、読書家だから、なんでもよく知っている。「あなたテレビ見てないの」と幾度も批難された。芸大退職後は、自宅で声楽を教えておられて、生徒(と言っても若者から60歳代のひとまでいる)とのやりとりを面白おかしく話された。小野さんは私の見るところ天性のすぐれた教師であった。そしてそのおおもとに、モスクワ音楽院留学時代のニーナ先生との師弟関係の経験があったのではないかと思う。小野さんにとってニーナ先生は格別の存在であったようだ。『音楽の街 私のモスクワ』刊行後しばらくして体調をくずされたが、執筆に集中された疲れもあったかと申し訳ない気持ちがあるが、全力で執筆に没頭され、やっと完成された本のデザインも気に入っていただいたのがせめてもの慰めである。(宮)

『小さい頃に好きだった本』  私は子どもの頃、母と連れ立ってよく図書館に行っていた。よく読んでいたのは岩波書店の小さな絵本のシリーズで『きかんしゃやえもん』『こねこのぴっち』『ふしぎなたいこ』『ちびくろさんぼ』『うみのおばけオーリー』。それから出かけたときに買ってもらう手のひらサイズのピクシー絵本も大好きだった。それから『おしいれのぼうけん』『おおきなきがほしい』。少し大きくなると物語では『ふしぎなかぎばあさん』や「モモちゃんとあかねちゃん」のシリーズ、『だれも知らない小さな国』の「コロボックル」のシリーズがとりわけ大好きだった。それから『ワンプのほし』に出てくるワンプたちとヨゴース人…。
 さて、大人になった今、たまに本屋で(絶版でないものに限るが)それらの本をパラパラめくることがあるのだが、昔好きだった本は今も好きな確率が高い気がする。
 読み物の再読の機会はというと…実は小学生以来読み返していないことに気づいた。ある日、佐藤さとるさんのコロボックルのシリーズの続きのお話を有川浩さんが書いているのを見つけて買った。『だれもが知ってる小さな国』だ。絵はその当時と同じく村上勉さん。この人の絵も大好きなのだ。読んだら小学生だった自分がそのまま読書している気分になりリラックスして無意識に笑顔になって読んでいた。楽しい。楽しい。書いたのは佐藤さとるさんじゃないのだけれど、さすが佐藤さんに「きみ書いてみたら」と選ばれた人だ。読み終わって、私はこういう世界がずっと好きだったんだなと心から思った。今「いるのいないの?」みたいな怖い本が注目されているが、私の場合、妖怪とか小人とか幽霊とか、やまんばとかてんぐとか、…いろんな生きているものも死んでいるものも、見えるものも見えないものも、混沌としている世界に自分も共存して生きているという感じがものすごく好きなのだと気づいてしまったのである。
(やぎ)
2017年9月22日
『電気自動車』 中国が電気自動車に全面的に切り替えるというニュースをみた。後発の自動車工業を一気に世界の先頭に立たせようとする戦略だろう。日本は何十年もかけて自動車工業を育成してきて、今日、世界を相手に商売している企業がいくつもある。しかし、中国の新しい挑戦がどうなるかわからないが、ひょっとするとこれが目論見どおりになったとき、日本の自動車会社は置いてきぼりを食うかもしれない。営々と築き上げてきた産業の大胆な方向転換は、日本の組織がもっとも不得意なことがらだから。産業界にかぎらずいろんな分野で、戦後70年たち、新しい発想、新しい哲学にもとづいたな改革や方向転換が必要であるにもかかわらず、それができなくて難しい問題が起きている。(宮)

『幸せって?』  どんなときに人は幸せを感じるのか?おいしいものを食べる、人との関係が良好、人と笑顔を交わす、美しいものをみる、健康であるなど、様々だ。笑えるということは元気な証拠だし幸せだ。最近の私はというと、細い道などで人とすれ違うときに「すみません」などと声を掛け合い、お互いアイコンタクトを取りながら「どうも〜」などと言葉と笑顔を交わせた日はなんだか嬉しくなる。政治家たちも、国と国も、自分たちの利益ばかりを考えず一歩譲ってお互いを引き立てあえれば争いなんて起こらないのになあとつくづく思う。子どもに散々、嘘をつかない、ずるしない、真面目にコツコツと…なんて教える前に、国を支えるはずの政治家は?大人たちは?出来ているのか考えたい。私だっていつも出来ているわけではない。時々は弱いほうに流されてしまうこともある。でも、最近見ていると、そんな私なんかよりも明らかにルールを守れていないひどい政治家たちが多い。そんな人が道徳教育云々言っていること自体おかしいことではないか!まずは、せめても、大人が子どもに言ったことぐらいはちゃんと守り、間違ったら間違ったと認められるようでいたいものである。すっかり幸せからずれてしまったが。
 幸せ=お金ではかることもあるかもしれない。お金は必要なものだし、あればありがたいものだが、必要以上のお金は人を狂わす場合もある。小心者の私はあるとき、小さな宝くじで1等の組違い(組もあっていれば1000万円のクジだった)で5万円が当たった。組は別として何桁かある全ての番号が合うこと自体はじめての経験だったので番号が全部あっているのをみたら胸がドキドキして体がブルブルと震えた。こんなんでは億単位…いや、もしかして1千万単位、百万単位が当選したら心臓が止まってしまうかもしれない。そして神さまは、ちゃんと人を見ていて、大きなお金が当たってもびびらない人にしか当選しないようにしているだろうと考えた。そうでなかったら、今ごろショック死する人が続出しているはずだ。当選日のたび、ニュースで「今日、また宝くじ当選者の方が亡くなりました」となり、そのうち宝くじは危険だから、禁止されてしまうだろう。そんなこと起こることはないんだが、そんな妄想をしていると…なんだが楽しい気分になって来てしまった…。まあ実際そんなこと起こらないからなんだけど…。
(やぎ)
2017年9月15日
『北朝鮮ミサイル』 15日朝NHKラジオは台風18号について報じていたが、突然中断され、アナウンサーは、北朝鮮のミサイル発射とJアラートが出たことを話し始めた。Jアラートの適用範囲(?)を繰り返し伝え、つぎに避難の方法を何度も何度も言う。まるで戦争が始まったようだ。じきに日本上空を通過して誤着弾(そんなことがあるとして)の恐れがなくなっても破片がどうの、発見したら近づかないで警察、消防、海上保安庁に連絡せよと繰り返す。ミサイルが日本を狙って、あるいは日本を攻撃するために発射されたものではないことがはっきりした段階でも、放送は執拗にミサイル発射関連を喋っている。ミサイル発射は7時直前だったが、7時過ぎには早くも官房長官、防衛大臣、外務大臣が首相官邸に集まって国家安全保障会議の閣僚会合が開かれた。そんな短時間に大臣3人がよく集まったものだと思う。官房長官の記者会見も挟まり、NHKの専門解説員が出てきて、菅官房長官の話を繰り返す。大臣や官邸の動きは、事前にわかっていたとすれば理解できるが。事態はどうもなめらかに進みすぎるようである。とにかく放送はこれでもかこれでもかと危機感を煽っていた。すっかり「危険」が去ったのに、伝えるべき内容は乏しいのに、ひたすら繰り返す。NHKの番組構成の判断に疑問を感じた。こういう事態のときにどういう放送をするべきか、政府から指示が出ているのではないか。とちゅうで、台風情報を聴いていた人たちに対してなんの釈明もないのは実のバランスの悪いやり方だ。「危険」の全くなくなったミサイル関連とこれから来襲する強力な台風と、どちらが伝える価値のある情報であろうか。8時からの通常の放送「すっぴん」はいつ始まっただろうか。家を出る8時半にもまだミサイル関連放送は続いていた。(宮)
2017年9月8日
『白楽六角橋書店』 7日(木)朝のラジオで、東横線白楽駅に接した六角橋商店街を紹介していた。先日見てきたばかりなので、このタイミングに驚いた。昭和の雰囲気、もっといえば戦後の雑然騒然とした空気を今に伝えている場所だと思う。こじんまりしていて、けっしてメカニックなつくりではない。アーケードのある通路にはせいぜい2〜3階建ての木造が多い。赤羽駅前にも似ているが規模がちがうので、狭い路地から入っていく下北沢や、下高井戸にいっそう似ているかもしれない。ラジオによると、近くの神奈川大学の学生が20年来イベントを企画したりして、たくさんの人びとが集まってくるそうで、いま六角橋商店街はシャッター通りどころか、空き待ち状態の人気だそうだ。この六角橋で、知人が新刊書店を始める。楽しみに見守っていきたい。(宮)
2017年9月1日
『初めて見た』 台風が近づいているのに、今朝の浅川土手は草が生い茂った景色に、秋めいた爽やかな風がふいていて気持ちいい。ふと河原に目をやったら黒い鳥が羽を広げてゆらゆら動かしている。飛び立つのだろうと見ていたが、一向に飛び立つ気配がない。だんだん近づいていくと鳥は河原に足をつけて羽を目いっぱいひろげて、ゆらゆらと動かしている。羽を乾かしているのか、虫でもついていて振り払っているのか、何のための動作か分かららないが、ともかく勝手な想像をしながら通過していった。珍しい動作を初めてみたが、白鷺ぐらいのわりと大きな黒い鳥だった。(宮)

『空にはコウモリが』  [目覚めてすぐのコウモリが飛びはじめる夕暮れに…]私の好きなスピッツの「涙がキラリ☆」の出だしの歌詞だ。以前コウモリというと、花火大会の時に河原の橋げたの辺りで飛び回るのをみたことがあったが、滅多にみたことがない生き物の一つであった。ところが、会社の近くときたらどうだろう。今の場所に会社が引越してきてから夏、夕方会社を出ると、川沿いを歩いても、はたまた住宅地を歩いていても空にコウモリなのだった。
 コウモリにも種類はいくつもいるが、身近に見られるコウモリというと、アブラコウモリがほとんどのようだ。家の屋根裏などに住み着くらしい。個体はそんなに大きくないようだが、彼らはじっとしていないし、羽根を広げてとんでいるとそれはそれでそれなりに大きくみえるから本当のサイズを間近で見たことはない。
 しかし先週の金曜日はすごかった。南平駅に向かって歩いていたのだが、キューピーの社員寮のある小道を抜けたところから駅に向かう空に10以上、20未満くらいのコウモリがぐるぐるとその辺りを上に下に予測不能な動きで飛び回っているではないか!思わず「こんなにたくさん!」と独り言を言ってしまったくらいだ。こんなにいっぺんに見たのはその時が初めて。もしかして天変地異がおこるのか!と思ったくらいだ。
 でも調べてみると、どうやらそうではなく、夕方、日が完全に暮れないうちが餌である昆虫を沢山とれる時間のようなのだ。鳥がまだ眠っていない時間なので危険も隣り合わせの時間帯。鳥の脅威から身を守るために集団で飛んでいるのだそう。いつもならもう少し明るい時か、暗いときに帰っていたからこの集団に遭遇しなかっただけだと考えられる。
 飛び方がちょっと他の生き物と比べると上に行ったり下に行ったり、急に右に行ったり左にいったり…落ち着きがない。コウモリたちが発光していたら…と想像するが、きっと光った彼らは遠目に未確認飛行物体だろうと想像してニヤリ。そんな意味のないことを考えてしまうのは、ここには、鳥にしろ、猫にしろ、コウモリにしろ、虫もいっぱいいて、生き物の気配に満ち溢れているからだろう…きっと。
(やぎ)
2017年8月25日
『ミスター・ベン』 デビッド・マッキーの『ミスター・ベン』が生まれて今年50年だそうだ。訳者のまえざわあきえさんに教えていただいたので、さっそくパソコンを動かすと、生誕50年を記念してロンドンでイベントが行なわれるという、イギリスの新聞『ガーディアン』の記事であった。〈mckee david mr benn〉で検索したら『ガーディアン』では38件ヒットした。ミスター・ベンはイギリスでアニメにもなっているし、誕生の地イギリスではメジャーな存在なのだろう。しかし、『ミスター・ベン』の日本語翻訳絵本4冊は、いまのところ残念ながらあまり読まれていないのだ。デビッド・マッキーさんのもうひとつの代表作「ぞうのエルマー」シリーズはたいへんなベストセラーだし、それだけの内容のある絵本だ。日本でも、いまだに毎年1さつずつ翻訳出版されているぐらいメジャーな絵本である。でも、作者のデビッド・マッキーさんは、「ミスター・ベン」のことを、「ぞうのエルマー」にまさるともおとらないぐらいお気に入りの作品だと言ってこられた。それがもっともな気持ちだろうと素直に納得できるぐらい面白い絵本だと思い、多くのひとに読んでもらいたいと考えて刊行した。でもいまのところ売れているとは言えない。本の運命ということを考えてしまう。「本の運命」ということは、毎日新聞の読書欄で加藤陽子さんが『濱口雄幸伝』について書いてくださった言葉だが、『ミスター・ベン』の新しい運命の道を切り開きたいものだ。(宮)

『あなたはだあれ?』 甥の名前は和頼(わらい)という。現在3才。ところが、いつからか自分で自分のことを「たーちゅん」と呼ぶようになった。まわりはみんな彼を「わらい」とか「わーくん」と呼んでいたのに…である。ついついつられてと私も夫も、いや家族というか和頼の姉である小1の姪まで「たーちゅん」と呼ぶ始末。我が家ではもしかして、去年亡くなった義父が達彦(たつひこ)であったので、「長い間、寝たきりでしゃべれない状態であったから、もしかして小さな和頼の体を使って会話しようとしているのかも?!」と冗談で語りあっていたが、ある時、最近無性に気になって夫は、和頼本人に聞いてみたらしい。夫「ねえ、たーちゅんてなに?」和頼「あだな!」と元気に答えたらしい。もっともらしい答えなのだが、いやいや、そうじゃないでしょう?誰かが言い出したならまだしも、たーちゅんって自分で言い出したんだから…あだ名と言わないのでは?と心の中で思う。そもそもあだ名って?と思い調べてみると次のように書いてあった。
やっぱり…。
「あだ名=人が本名以外にほかから呼ばれる通称。」
夫と義弟の両親は二人とも亡くなり、この世にはいないのだけれど、義弟の妻の方のご両親はお元気で、たまに横浜から孫を見にやってくる。姪と甥に聞くと…ジイジのあだ名は毎朝バナナを必ず食べるから「ゴリラ」とのこと。バアバはバアバのままらしい。今だにたーちゅんの謎は解けないが、たまに「たちゅーん」と呼ぶとき「ねえ、本当はお父さんなんでしょ?!」って聞きたくなってしまう。もしも夫の両親が生きていたらどんなあだ名だったのだろう。今となっては知れないが、ちょっと興味がある。
(やぎ)
2017年8月18日
『偶然短歌』 「偶然短歌」というものを、ラジオで高橋源一郎が紹介したのを聴いた。五七五七七という短歌のリズムを、普通の文章から抽出してみると短歌になっているという言葉遊びだが、短歌として作ったのではないのに短歌として読めるものになっている。これを「偶然短歌」と言っているわけだ。五七五七七のリズムをもった部分を抽出するプログラムを作って、ウィキペディアの文章に適用した。プログラム作成は試行錯誤で大変だったらしいが、該当するものを5000件取り出し、中から100首ほど選び出したのが『偶然短歌』(いなにわ、せきしろ著、飛鳥新社、2016)という本だ。高橋源一郎が紹介した「偶然短歌」には短歌として面白いものがあったので、ツイッターでも公開されている作品をのぞいてみた。たとえば、詩的とはいえないが、次の3首。
治癒したといえるためにはギャンブルを完全に絶つ必要がある(ウィキペディア「ギャンブル治療法」より)
有数の大都市だったベルリンが実質的に飛び地となった(同「西ドイツ」より)
通常の紐靴よりも慎重なサイズ選びが重要である(同「ローファー」より)
日本語の五七五七七のリズムとの結びつきの強さを改めて思う。『偶然短歌』を読んでみよう。
(宮)
2017年8月14日
『鳥の声』 しばらく聴かれなかった鳥の声をまた耳にした。春から夏にかけてのころ、明け方に聴いたことのない鳴き声を耳にした。つやのある大きな声で複雑な鳴き方をする。ほかの鳥の声を圧倒するような強いひびきである。通勤時に浅川の土手でも耳にしたことがある。鳴き声で鳥を識別できるような知識はないのだが、ともかく印象的な声なので「何という鳥だろう」と思っていた。つい先日の明け方、久しぶりにその声を聴いた。文字で表すのは難しいがあえてしてみると、ピーンピーン、ピピピピ、ピラリピラリ、ピラピラ、ピピピ、ピーンピーンといったぐあい(もっと複雑な緩急自在のテンポ・メロディ)で、さらにツクツクボウシの鳴きかたそっくりのときまである。とにかく自由自在に鳴く。姿を見たこともないのだが、しかし、忘れられない鳴き声だ。(宮)
2017年8月4日
感情過多のアナウンサー NHKテレビのニュースアナウンサーの話し方が、感情過多で鬱陶しい。事実を伝えるのに感情を込めて喋る。棒読みでは伝わらないかもしれないが、事実は冷静な声で伝えてほしい。ニュースだけでなく、先日は自然の驚異を伝える科学番組でも同じ鬱陶しさを覚えた。自然現象の仕組みを知ること自体に喜びを感じているのに、「自然界にはこんな面白おかしい現象があるんですよ!」と過剰な感情を込めて解説する。センセーショナルに表現することがプラスに考えられているらしい。感情過多やセンセーショナルな表現は、水泳、野球などのスポーツ中継で耳にする場内放送にも沢山使われている。大相撲の場内放送は今のところ従来のままでほっとするが、場内の観客の応援には他のスポーツ同様のやりかたが時々出てくるので、これからが心配だ。(宮)
2017年7月28日
『見識と勇気』 27日の朝日新聞「天声人語」がアメリカの上院議員マケインのことを書いている。2008年の大統領選挙のとき、「オバマは信用できない。彼はアラブ人だ」という選挙集会参加者にマケインはきっぱり答えたという。「違う。彼は家族を愛する真っ当な市民だ。たまたま基本的な政策で私と違いがあるだけだ」。ブーイングを浴びつつこうも言った。「オバマ氏が大統領になっても恐れる必要はない。相手に敬意を表するのがアメリカ政治のやり方だ」アメリカにはこの種のまともな発言と行動があり、日頃羨ましく思っていた。現在でもトランプ大統領の政策、やり方に同意出来ない人が政権内にもいて、大統領に反発して更迭されたり自ら辞任している。見識と勇気の問題だとおもうが、日本では政権内や与党内では、政治家も官僚も内閣を支えることに美徳と利益を見出しているようだ。安倍首相が議会政治の根幹を揺るがすような非立憲的行動をとっても、批判の声はまことに小さい。最近、岸田外相が外相であれ党の要職であれ、引き続き安倍首相を支える判断をしたと伝えられて、驚いた。自らの行動を律するのに国民や立憲主義が優先されていないことが明白だから。見識と勇気といえば、前川前文部科学次官は勇気を示した。「あったことをなかったことにはできない」という発言が今日の安倍内閣支持率の急速な低下をまねくきっかけをつくった。勇気ある行動が大切なのだ。
『勇気ある人びと』という本を書いたアメリカのケネディ大統領はキューバ危機のときに武力行使を含む強硬策を強く主張する歴戦の将軍・提督を向こうにまわして、これを抑えるだけの見識と勇気を確かに持っていた。日本にも加藤友三郎のような軍人政治家が、強硬な軍人たちを抑えて、穏健で常識にかなった軍備論を説いた(ワシントン海軍軍縮会議)。しかし10年後には強硬な軍人が常識論を批判した(ロンドン海軍軍縮会議)。そして加藤友三郎に連なる軍縮推進派の濱口首相は銃弾に倒れる。ケネディもまた暗殺されたが・・・・。
(宮)
2017年7月21日
『内閣支持率』 この所、急激に内閣支持率が下がっていると報じられている。最近数カ月の政治ニュースを見ていれば納得がいく数字だが、ツイッター「世に倦む日々」は急激な下降の原因を探るより、5年余りのあいだ高い支持率を保持してきた原因をこそ探るべきだと書いていた。とても大切なことを指摘していると思う。支持率とマスコミの報道の有り様は密接な関連があるようで、近頃は、にわかに政権に批判的な記事がつぎつぎに出てくるが、過去5年間は決してそうではなかった。この5年間あんなにひどいことをしているのに、なぜ支持率は下がらないのかと強い疑問をいだいていた。実に危なっかしい動きで、ひとつ間違えればとんでもない世の中になってしまうような出来事が続出していた。まだ問題が片付いたわけではないが、しかし、流石にここまで来ると内閣の命脈も尽きたのではないかと思っている。(宮)

夏休みがやってきた! 全国的に夏休みがやってきたようだ。通勤時間に犬の散歩をしている小学生の姉妹がいたり、いつも鳴るはずの近所の学校のチャイムが鳴らないことに気づき慌てる私。なぜならチャイムが鳴り始めたときにどこにいるかが駅まで歩いて行けるか走らなくてはいけないかの目安なのだ。夏休みには、時間を知らせる必要のある生徒がいないから鳴らさないのはあたりまえ。外の人がどんなにそれを必要としていようが知ったこっちゃないのだ。そのかわり部活に通う生徒たちがいつもの登校時間より遅い時間に、くつろいだ、笑顔で学校に向かう姿が見られる。私にはあんなに長い夏休みはもう来ない?作ろうと思えば作れるのか?機会があったら取りたいものだ。だけど、ご飯の心配もしないで、自分にお金はないけれど、親に見守られて過ごしていた時間と同じわけにはいかない。何をするのも自分で決められるという自由は手に入れたけれど。思わず憧れの目で、小〜高校生の子ども達を日差しの向こうに眺めるけれど、どちらかを選べといわれたら今の自分を選ぶかな?(やぎ)
2017年7月14日
エッシェンバッハとベルイマン 休日に出勤して仕事のバックミュージックに音楽を聴こうとパソコンをいじっていたら、これを探していたわけではないのに、エッシェンバッハが指揮するパリ管弦楽団のマーラーの交響曲第3番が出てきてしまった。ところが、これがよくて聴き入ってしまった。楽団員が乗っているのが伝わってくる。ゆったりしたテンポで終楽章は、あとで見たウィキペディアが言うとおり、感動的に終わるが、そこで会場にカメラが回ったときに10歳ぐらいの少年が感極まっていまにも泣き出しそうな表情をしているのが映った。マーラーの曲にはベートヴェンとはまたちがったそういう力がある。少年の顔を見ていて突然何十年も前に見たベルイマンの《魔笛》の映画を思い出した。こちらでは会場にいる少女が開幕前からオペラを心から楽しんでいる有様をカメラが印象的にとらえていた。(宮)
2017年7月7日
『蚊取り線香』 夏になると虫が出る。きっちり締め切っているのにどこから入ってくるのか。仕事から帰ってきて部屋に入った途端、床にじっと身を潜めているゴキブリを発見する。玄関に置いた新聞で叩くが、半分は取り逃がす。寝るときに耳元で蚊の「ぶーん」という音がすると寝てられないので蚊取り線香に火をつける。先日薬局に行ったら昔ながらの蚊取り線香を売っていた。ないのじゃないかと思っていたが、ある。それも昔のままの箱に入っている。少しの違いもないのに感動した。いまどきこういうものが少ないので。なんでも新しくするのは困る。ほとんど理解不能で適当に買ってくるのはシャンプーだ。以前使っていたものがなくて、毎度違うものを買っているようだ。どこがどう違うのかわからぬまま、買ってくる。注意力散漫のせいだがときどきシャンプーとリンスと間違って買う。その点蚊取り線香よ、お前は素晴らしい。間違いなく買うことができるのだから。(宮)

『大丈夫?』 会社を退職して早4ヶ月目を迎える夫。あせってはいないが目下、就職活動中だ。このところ急激に髪の毛が抜けているので心配だ。いつも自分の髪は美容院でいつもほめられると自慢していたのに。私の剛毛を笑っていたのになんたること。彼の髪は常に私より長く、やわらかく、パーマなどをずっとかけてきていたのに。会社に通うような生活のリズムがなくなったせいでホルモンバランスがくずれたのか?ストレス?それとも、どこか体の具合が悪いのかと心配で仕方なかった。言葉にして言って傷つけるかもと最初は言えずにいたが、さすがに後頭部に自然に視線が行ってしまうし、ある時、意を決して髪の状況を伝えた。最初ばかりは落ち込んでいたが、そのあとは自虐ネタで「斉藤さんだぞ!」などと云いだした。そのおかげで私自身の気持ちが少しほぐれた。本人のことはわからないが…。頭皮が硬くなると生えてこないというのを聞いたことがあるので揉んで見るがそう硬くはないようだ。よくみると新しい産毛のような毛も生えてきているようにも見える。少し様子見か。先日とうもろこしの皮をむいていたらひげがもさっと山になった。それをみてあることを思いついてしまった私。早速、夫をからかおうと、それを持っていき話しかける。「ねえねえ、これとっておいてあげるね!使えるんじゃない?すごくふさふさ」夫「それじゃ色が不自然だから、黒く塗っといて!」そう返すかあと思わず笑ってしまった。それ以来とうもろこしをむくたびにいちいち夫に持って行く私にちょっと呆れ気味。もしかして私がストレスになっていたりして…。それは笑えない。(やぎ)
2017年7月3日
『都議選』 7月2日の都議選は自民党の大敗におわった。有権者の常識と選挙制度が日本の政治を軌道に戻したというのが私の感想である。数年来、政権が何をしても支持率は安定していて、異常と言うしかない国会運営や単純な倫理観の欠如に、無力感をかみしめていたところにこの選挙結果が出た。しかし秘密保護法や戦争法や共謀罪ではこの結果は生み出されなかった。これらの政策に関連して政権が危機感を煽れば「しかたないか」と認める空気がつよかった。政権を揺るがす動きが始まったのは森北学園の籠池理事長の国会喚問からだろう。以来数ヶ月加計学園や政治家のもろもろの不始末が続くなかで、政権はスキャンダルの対処を間違えたのだ。政権の常識はずれの行為の連続が有権者の判断に影響したことはまちがいない。そしてそのあとには選挙があったということだ。選挙がなければ、どんなにおかしなことが行われてもそれを押しとどめる手段がない。幸いなことに都議選がめぐってきて、ブレーキがかかったということだろう。今回も投票率は約5割しかないし、有権者の政治意識、歴史認識にさまざまな欠陥があるにしても、倫理観はなお健在であった。うそをついてはいけない、あったものをなかったことにしてはいけない、疑問があれば国会で証人を呼ぶなりして事実を明らかにすればいいではないか、と。有権者の単純な道徳意識を無視し続けたために、自民党は、痛いしっぺ返しを食らったのだ。(宮)

『たかがケーキ、されどケーキ』  6月に義父の法事があり、久々に飛行機に乗った。飛行場では他の乗り物と違いセキュリティチェックがある。人体用と荷物用とは、しくみが異なるようだ。荷物の方は完全なX線により、人間用は金属探知機のタイプと服だけを通す微量のX線タイプがあるという。よく荷物を通す時に言われるのが「横にしていいですか?」という言葉。背の高い荷物など、荷物セキュリティーチェック機の入り口に入らない荷物は当然そうするが、今回の問題の荷物は義弟からもらった生ケーキ。夫に持たせた生ケーキ。セキュリティチェックを終えて出たところで待機していた夫と合流すると、夫「このケーキ横にしていいですかって言われた」私「ええっ?で」夫「横にされた」私「え、ケーキの箱って横にしちゃ困るよね。むしろ横に(普通の丸いケーキ用の平たい箱だった)したら背が高くなっちゃうじゃん。意味ないんじゃない?」夫「だめって言う前に倒していた」なんと想像力のないセキュリティの担当者。おそらくほとんどのものをそうしてきたのだろう。返事を待つまでの間に倒し始めたというわけだ。言われたとおりの事しかしないセキュリティチェックで大丈夫?と本気で心配になった。さらにX線を見ている人とは別なのだが、私がX線を見る人なら前の役目の人に一言、言うだろうと思った(どの程度見えるかによるが)「ケーキは向きかえちゃまずいよ…」と。以前(かなり前)は、この現場には、それなりの目を持った人がいたような気がするが、最近の空港(とくに国内線)のセキュリティの場は、ほぼアルバイトと思われる人ばかりに見える。そして教えられたとおりの言葉を繰り返す。マニュアルはあれど、元をただせば、この作業はなんのためにやっているのかという事を考えながら仕事をすればいいのだ。マニュアルは基本ではあるがマニュアル外のことはいつでもどこでも起こりえる。マニュアルとは常に変化し付け足されるもの。仕事に対してプライドを!と言いたくもなる。心を使わずにお金だけのために働くならこのセクションは不向きだ。いや、どの仕事も同じか。
 経験を共有することも大切な一つ。会社でもそういうことがあった。個々がそれぞれ経験したことを話すことで、今は出合っていないそのケースに対応できる。コミュニケーションで経験の共有が出来るのだ。
 安全に飛行機に乗るためにセキュリティーをチェックする側もされる側も、一方的な関係ではないと思う。どちらにも配慮と、コミュニケーションが必要ということ。心のない流れ作業が一番怖い。ご察しの通り帰って開けたケーキの中身は見事に、箱の壁にぐちゃりとクリームと、粉砂糖の粉が飛び散っていた。その光景を見てがっかり。空の玄関口とそれを預かるセキュリティチェックの現場。来るべき東京オリンピック。このままでは日本は危ない。おもてなしの国だなんて自分たちで言っちゃっているけど、このありさまだ。外面だけよくても中身がね…。たかがケーキ!されどケーキなのである。ただのうるさいおばさんか。
(やぎ)
2017年6月23日
『各駅停車』 仕事の都合で、このところ1ヵ月に2回ほどのペースで東横線菊名駅まで出かける。すっかり姿を変えてしまった渋谷駅にも少しづつ慣れてきたが、別世界を歩いているような感覚はなくならない。昔に比べると横浜方面にいくのにずいぶん時間がかからなくなった。便利になったわけだが、そのぶん落ち着かない。座席に座ることができて本を開いても本に引き込まれる間もなく目的地に着く。先日菊名からの帰途、特急や急行でなく各駅停車に乗り込んだ。幾度か後発の特急その他に追い越されたが、電車の動き自体が昔の東横線にもどったようなゆったりしたものだったうえ、本もじっくり読むことができた。すっかり満足して戻った。(宮)

『近所づきあいと縁側』  都会に暮らすどのくらいの割合の人が、今近所付き合いをしているのだろうか。子どもがいれば自然と「あら、かわいいわね。いくつかな?」などと会話も生まれるだろうが、夫有だが子はなしの我が家は、家にいるよりも会社にいる時間の方が長く、近所付き合いがほぼない、といってもよいだろう。あるとしても朝や夕方に他の建物や家から出てくる人と目が合い挨拶をかわす程度。
 一方、会社のある日野市南平はのんびりしていて、細い道などすれ違うときもかならず声をかけあったりしてとても気持ちのよい場所だ。私は高幡不動からの川沿いの通勤路で2〜3人ほどの顔見知りもできた(現在は夏で時間帯を替えたのかあまり顔を合わせなくなってしまったが)。あと一人は南平駅から会社に行くときに会う84歳のおばあさん。一度は大量の飴をいただき、たまにあせらない帰り道に犬の散歩に出たところで立ち話をする。会社が引越した当初、毎日、家の前で植物たちの世話をしていた。彼女のことはもう4〜5回ほど立ち話をしているので、いろいろ知っている。話してみると昔は幼稚園の先生をしていたとのこと。家は自分で土地を買って建てたらしい。すごい。
 最近は自分の両親の家に行くことも多くなり、昔のことを聞くという面白さにはまっていて、ああ、こうやって聞くことがなければその人の人生はあとの世に伝わっていくことはないのだなあと思ったりもする。語りはなによりも人の心に残りやすい気がする。久しぶりに、そのおばあさんと夕方のお散歩の時間にばったりと会う。時間もあったので立ち止まると、冬に家で転んで肩の骨を折ったこと、初恋の人のこと(今もその写真を大事にとってあるらしい)、自分の亡くなった夫のこと、娘や孫との関係、そして日々の暮らしなどなど話がつきない。
「最近の家の作りは庭先で話しかけても、門があり、縁側でちょっとの間のおしゃべり…というふうにはならないから」とぼやく彼女。そうだなあと思う。確かにみんなすてきな家に住んでいてよく手入れされてはいるけれど、垣根がたかくて呼び鈴を押さなければちょいとお話でもしようかとはならないのだろう。迷惑だろうし、そこまで上りこむ気はないというのが本音。家に上るでもない、それでいて家と外の真ん中にある縁側は昔の社交場だったのかもしれない。上りこまないから気軽で。家だからお茶もすぐ汲めるし気を使わずに過ごせる場所は今どこに存在するのだろうか。
(やぎ)
2017年6月16日
『続・まとも』 いま日本とアメリカがよく似た状況にある。どちらも権力のトップにとんでもない人物が立っている。最大のちがいは、このようなときに関連組織や関係する人物の行動である。アメリカではつぎつぎに出される大統領令に公然と反対する、あるいは無効を訴える動きがつぎつぎに出てくる。マスコミの批判も激しい。日本ではトップの方針・命令に従順に従う動きが圧倒的に多い。前川前文科次官の抵抗はきわめて例外的な行動でしかない。政治制度に対する意識の違いが出ている。15日には共謀罪がきわめて変則的な手法で反対を押し切って強行採決されたが、与党の国会議員からはこのやり方に反対する意見が表に出てこない。法案の重要性を考えたら議会制民主主義の危機というべき事態だが、制度に関わる意識はとてもうすくて、党首選択や選挙の観点から沈黙を守っているのだろう。政権が平然と嘘をつき、事実を隠したり無いことにしている。これに異を唱える与党国会議員が出てこない。国会の機能を果たしていないのだから危機感がなければおかしいのにそんな気配はすこしもなくて「安倍も少しやりすぎだな」ぐらいの感覚しかもっていないのだ。現在、国会での質疑では、事実を軽視どころか無視している。質問にまともに答えず、ごまかしと逃げの答弁を機械的に繰り返している。こんなことが当たり前になっている。質疑応答になっていない。議論が成り立たない。この危機的状況を報道機関がまともに報道していないこともおそろしい。議論が成り立たないと次には力で動かそうとする考えが出てくるだろう。(宮)
2017年6月9日
『剪定』 浅川土手の草は、年に3回刈られている。まことにまめなことで、そのおかげで気持ちよく眺め、歩くことができる。ほかにも街路樹、公園、団地など植物が植えられているところは、少なくとも年に1回、場所によっては数回手入れがされている。ただ、毎日樹木や草を眺め暮らしている者の勝手な感想だが、樹木のばあいいささか剪りすぎではないのかと思っている。見るも無惨な姿にされてしまい、おかしな形に枝を伸ばしていく。それでも春には芽を出し、やがて葉が茂り、紅葉するが・・・。限られたスペースで、電線や住宅に接触しないように避けながらの仕事でけっして易しくはないのだろうが、盆栽の国なのだから、その感覚を生かせば、もうすこし剪りようがあるのではないかと思ってしまう。(宮)

『短い言葉で』 私は短い言葉で人に伝えるのが苦手だ。簡潔に気持ちよく、人に伝えることができたらどんなにいいだろうと思う。私の場合、短い言葉にするとなんだかぶっきらぼうで冷たいような言い方になってしまうので誤解されないように説明が多くなってしまう。ほんとうはまっすぐ短い言葉で気持ちを伝えたいのに。その中でツイッターに文章を上げることは、多少いい訓練になっているかもしれない。限られた文字数の中できっちり人に伝えるのは本当に難しいし、そういうことが出来る人をみると尊敬してしまう。短い中に心を伝える技というのがあるなら教えてほしいものだ。商業的にいうとキャッチコピーがいい例だろう。キャッチはあくまでもキャッチなのだが、人の心をつかむからキャッチなのだろう。人の心をつかめたらよいけれど、リリースばかりしている私。最近会社をやめ(就職活動中)家にいる夫に、帰り道に送るメール。「今から会社でます。2合」勝手知ったる仲ならこれで充分通じる。ようは今から帰るからご飯を2合炊いといてということだ。言葉は便利だけど難しいなあ。そのうち「今から帰る。晩ご飯なに?」とメールするのがちょっと夢だ。専業主夫になってほしいわけではないけれど…。(やぎ)
2017年6月5日
『小野光子さんにお誕生日お祝いコンサート』 『音楽の街 私のモスクワ』の著者小野光子さんは、5月28日90歳の誕生日を迎えた。お弟子さんの企画で現在生活している施設の一角を使わせてもらってミニコンサートがおこなわれた。小野さんには半年ぶりにお目にかかった。車椅子にすわり、コンサートを楽しんでおられたようだ。小野さんの仕事を反映して前半はロシア歌曲を、後半では誰でも口ずさむ日本の歌を歌ったが、8人のお弟子さんのソプラノやテノール、バリトンの声が部屋を破らんばかりに満たした。施設で生活しているお年寄りも参加して耳を傾けていた。途中で、モーツアルトの《ドン・ジョバンニ》のドン・ジョバンニとツェルリーナの2重唱など、お弟子さんたちが本気で企画、練習、実演した気持ちが伝わってきて楽しくまたうれしく聴いていた。(宮)
2017年5月26日
『まとも』 前川前文部科学省次官が雑誌、新聞のインタビューに応じ、さらに記者会見をした。日本にもようやくまともな行動をする人がでてきたと感じた。アメリカではトランプ大統領の常軌を逸した命令や発言に対して、真っ向から批判する報道機関があるだけでなく、裁判所まで、独自の判断を示して大統領を批判している。たいして日本では、たとえば官房長官は事実を隠すだけでなく、そもそも事実を明らかにする意志がまったくなく、責任逃れとしか受け取れない発言を平気で繰り返している。記者会見場の記者たちがそれに対してどの様に追及しているのかわからないが、官房長官だけでなく責任ある立場の人たちが、責任にふさわしい行動を取っているとはまるで思えない。アメリカでは、トランプが大統領になっても、それをチェックする機能が存在し、三権分立も働いているとうらやましく見てきた。自民党や公明党の政治家は、内閣を守るためには、選挙のためには、事実も責任も良心も関係ないのだろうか。事実を事実と認めること、事実がはっきりしないならば、少なくとも事実を明らかにする行動をとるべきではないか。国会は前川前次官を呼んで事実を糺すべきではないか。そのような動きがないことは、戦争に至る歴史を知る者を暗澹たる思いにさせる。しかし、前川前次官は1歩を踏み出した。あとに続くまともな行動を政治家や官僚に期待したい。最後は個々人の思想、意志の問題だと思う。単純なまともさが生きている世の中にしたい。(宮)
2017年5月19日
『スマホ』 朝の出勤時に高幡不動駅に着くと、帝京大学に通学する学生がバス停に長蛇の列を作っている。バス会社から整理係が出てきている。100メートル以上の列だが、構内行きの直行便まであるので、学生はまったく落ち着いたもので、静かに待っている。見ると学生の半数どころか三分の二ぐらいまで、スマホを手に持ち半分うつむいて操作している。静かな行列だから自然な眺めだともいえるし、異様な光景だとも言える。バスに乗れば大半の乗客がスマホだし、いまや老若問わずかなりの人たちがスマホなしでは生きられないのかと思うほどだ。(宮)
2017年5月12日
『鏑木清方』 NHKラジオアーカイブスで昭和29年の鏑木清方の放送を聴き、図書館から借りて岩波文庫の随筆集を読んでみた。面白かったがかなり編集の手が加わっていたのが興ざめで、自伝があるとわかったのでこれを借りた。『こしかたの記』『続こしかたの記』である。画家としての側面に相当ページを割いているが、それを含めて楽しい読書だった。昭和29年にラジオに出たくらいだから、私は鏑木清方と同じ時間を生きていたわけだ。考えてみると鏑木清方は夏目漱石より10歳若い。しかし漱石は大正5年に亡くなっているので同時代人という感覚はなく、私にとって歴史上の人物だったが、清方は同時代人である。ところが自伝を読むと、歴史がにわかに近寄ってくる感じを覚える。円朝と一緒に旅行した話をはじめ明治中期以降のじつにさまざまな人と出会い、仕事をしている。清方は日清戦争、日露戦争を経験し、第2次大戦の敗北まで、近代日本の激しく変動する渦中を生きぬいてきた。本の中で私にも面白い出会いがあった。『音楽の街 私のモスクワ』の著者小野光子さんの祖父関如来がよく出てくる。清方は、私が大学時代にかよった金沢八景に20年ほど住んでいたので、懐かしい地名が出てくる。そしてあの美人画。いま鎌倉雪の下の鏑木清方記念美術館では、戦時中の1944年に「帝国芸術院会員戦艦献納作品展」に描い「五十鈴川」の女性像が展示されているそうで、これは公然と戦争協力するのを嫌った清方の姿勢を示す絵であるらしい。機会があれば見てみたい。(宮)
2017年4月21日
『《悲愴》』 木々が芽を出してたちまち若葉に溢れるが、この景色を目にすると、小野光子さんの本を作っていたときにロシアの春の景色を撮った写真をみせていただいたことが甦ってくる。ロシアの短い春の歓びを表している写真だ。そう思ったら先日、チャイコフスキーの《悲愴》の節が浮かんできた。チャイコフスキーは西欧派といわれているが、やはりロシアの作曲家なのだ。にわかに聴きたくなり、久しぶりにCDで《悲愴》に耳を傾けた。そして第1楽章の哀切きわまるメロディを聴いたら、何十年も前に見たテレビ映画「アウトロー」のことが思い出される。連想が連想をよぶ。「アウトロー」はタイトル通り犯罪者が主人公の連続西部劇だったが、毎回最後に犯罪者が捕まったり、死んでいくときに《悲愴》第1楽章のメロディが流されていたのがとても印象的だった。子どもの犯罪者が取りあげられたときの子どもの表情、哀れさが記憶に残っているのである。「アウトロー」と《悲愴》のことはずっと以前、取りあげたことがあるが、また思い出し、書き留めたくなりました。テレビ映画「アウトロー」のことは、ネットで見ても何も出てこない。どうやら私のような記憶をもった視聴者は、残念ながらいないらしい。(宮)
2017年4月14日
『コンビニ』 原稿をお願いしている大学時代の恩師を訪問し、終わって一緒に駅前まで歩いた。93歳の先生は杖をつきゆっくりと歩をすすめる。駅前の人通りの多い道で「ちょっとまって、買い物をしたい」と言ってコンビニに入っていく。ドレッシング2種とおつまみにする菓子を買った。コンビニなどめったに入らないという、時代に取り残された生活を送っている私は、先生の特段時代にあわせるというのでもないごく自然なふるまいに感嘆した。(宮)
2017年4月7日
『〈25周年〉朔北社展開催』 赤羽にある青猫書房が、〈25周年〉朔北社展を開催してくれる。同書房は開店してまだ2年強の新しい児童書専門店。小さな出版社を応援してくれるありがたい書店である。4月12日から5月8日までで、途中4月22日には野坂悦子さんとふしみみさをさんの対談が予定されている。数えてみたらこれまで出版した点数は173冊、年平均にすると7冊だから、小出版社であることまちがいなしだ。始めた当時は既刊本が、いまから思えばけっこう売れていたが、近頃は既刊本は動きがきわめて鈍い。くわえて新刊が苦戦するわけだから出版は厳しい状況にならざるをえない。それはともかく、出版した本が熱心な読者に恵まれて読まれ続けていることがに日常の営業活動のなかでわかるから、出版活動をこれからも続けたいと改めて思うのである。(宮)
2017年3月31日
『暑さ寒さも彼岸まで』 今年は彼岸を過ぎても暖かくならない。真冬のような寒い日が続いている。桜は1週間もまえに開花宣言が出たが、蕾のまま。これで気温が上がったら一気に咲くのだろう。来週は棚卸しで草加しの出版倉庫に行く。棚卸しは毎年桜と重なるが、今年は近年になく桜が遅れているようだ。毎日浅川土手を歩いているが、いつのまにか富士山が見えなくなっている。ということは、大気は春の状態になっているのだろうが、とりあえず寒さのせいで冬の衣類を手放すことができない。(宮)

『筋違い…』 先日、社長が、無地の長4の封筒がなくなったというので買うことになった。我が社では社長が荷物に添える手紙を書いて入れる封筒として、又は給料を払う時(なんとこの時代に現金払い!)にこの封筒を使っているのだが、アスクルのカタログをみていたら、「筋入り」と書いてあったが、似た封筒を見つけ注文した。値段も安かった。買う時点で「筋入り」とは?と一瞬疑問が湧いたが、口を折る部分に筋が入っていて折りやすくなっているのだろうと一人納得。しかし、届いてみてびっくりしたのは、この封筒、目の悪い私の見方のせいか、カタログでは筋らしい線は見えなかったのだが、現物には、縦に筋が模様のように入っていた。ははーん。筋とはこの筋だったのかと納得。ハトロン紙でできた昔活躍していたあの封筒である。懐かしい質感とペラペラの薄さ。自分で購入しながら不本意ではあったが、ちょっと笑ってしまった。発注ミスで、はずかしいけれど「使ってください」と渡すと「まだこんな封筒作っているところがあるんですね」と社長。その後ふと文具が置かれた棚の隅をみたらなんと、そこにはまだ長4封筒の束があった。注文しなくてもよかったのだ。「あっ、まだ在庫ありました…」とそちらの束も社長に渡した。とんだ「筋違い」の出来事。日本語は難しい。でも懐かしい出会いもあったし、ま、いいか。当分長4封筒は買わなくていいだろう。(やぎ)
2017年3月24日
『外交的に解決済み』 太平洋戦争が始まったとき日系アメリカ人は、敵国人として強制収容所送り込まれた。戦後、補償要求運動が起きた。そして戦争終結から43年経った1988年に、日系アメリカ人に謝罪と補償を行う法律が成立した。下記は小熊英二『日本という国』に引用されていた岡部一明の『日系アメリカ人の強制収用から戦後補償へ』の一節である。「補償法のなかで米国議会は、この立法の外交上のメリットを正直に述べている。つまり、過去の誤りへの謝罪と補償を行うことにより、『他の国家による人権侵害に対する合衆国による憂慮の表明を、より信頼するにたる真摯なものにする』ことができるというのである。建前上であろうが、下心があろうが、とにかく国際社会に対して何らかの範を示さねばならぬ米国の立場が、こうした立法の背景にあった。60年代の〔黒人差別の撤廃をうたった〕公民権立法のときの新法律資料が米大使館を通じて速やかに各国にばらまかれた歴史と重なるものがある。逆に言うと、建前上であろうが何であろうが、人権尊重の範を垂れる必要も意志もない国家だけが過去の清算にも興味を示さないということである。」こういう一節に注目するのは日本政府のちまちました合法主義につくずく情けない思いを抱くからだ。例えば日本の植民地だった朝鮮、台湾の人たちに対する姿勢を考えてみよう。第2次大戦末期に日本兵として戦った朝鮮人、台湾人は、戦後日本人でなくなったことによって、日本兵が手厚く遇された軍人恩給などの埒外とされた。制度的、法的にはたしかに間違っていないのだろうが、人間の行いとして大事なものが足りない。日本政府がよく使う言葉に「外交的に解決済み」というのがある。従軍慰安婦の問題についても同様の姿勢、対応だということがわかるで。外交的、あるいは法的にはまったく正当かもしれないが、それを超えた対処法があるのだと思う。合法的と言うことだけとればヒトラーのナチスだって、まったく合法的に成立したし、授権法だって合法的に成立した。アメリカ独立戦争は、イギリスから見れば反逆行為でしかなかっただろう。現在のような混迷した世界、社会状況のなかでは、自然権に立ち返って考える必要がありそうだ。小熊英二の本を読んで、いろいろなことを考えさせられた。(宮)
2017年3月17日
『森友学園スキャンダル』 関西の森友学園問題が拡大・展開し始めた。国有地を常識はずれの好条件で買い取ったり、何種類もの助成金をもらったり、総理大臣の名前を使って学校設立の寄付活動をしたりと多彩(?)な問題を引き起こしていたと報じられた。豊中市議会議員である木村真氏の国有地売却についての疑問から始まったらしいが、これらの事柄の個々の経緯が明らかになるにつれて行政機関、政治家を巻き込んだ一大スキャンダルになってきた。問題はある意味でとても単純な構造であり、さまざまな関係者が保身から、都合のよい事実を語り嘘をつくものだから、結果として問題の中身がしだいしだい露わになっていく。森友学園が経営する幼稚園児の教育勅語暗唱や軍歌斉唱は見るに耐えないが、問題が大きくなったために児童も集まらなくなったらしい。当事者・関係者のさまざまな行為がつくりだした事実と制度的規制のなかで問題の性質が徐々にはっきりしてくる。安倍首相はじめ関係した要人は打撃を蒙るどころか、逃げ切れないと思う。それにしても、弁護士出身の稲田防衛大臣の、自身の記憶にもとづいて答弁したことが後日間違いだと判っても、それは記憶にもとづいて言ったのであるから虚偽答弁ではないという弁明には驚いた。この理屈に従えば、どんなことを発言しても、あれは記憶違いでしたですまされることになるわけだから。(宮)
2017年3月10日
『名前』 このところ用事で東横線に乗ることがある。井の頭線から東横線まで結構長い距離を歩く。昔の東横線を使っていた者には、まるで異次元の世界に迷い込んだような違和感のあった道筋も大分慣れてはきたが、どこになにがあるのかまだまだ頭に入っていない。先日のこと、東横線のわきに完成して間もない「渋谷ヒカリエ」があるので、必要なときに備えて書店の存在を確認するべく中に入って案内板を見てみた。ほとんどがカタカナ表記の店の名前がビッシリ並んでいて眩暈がする。けっきょく書店の存在は確認できなかった。近くの店の人に尋ねたところ書店はないことが分かった。この巨大な建物に書店がないのに少なからず驚いたが、それはともかく初めから人に聞いたほうがはやかった。(宮)
2017年3月3日
『3時の昼寝』 天気のいい日の3時ごろ、ふと庭先を見ると、猫が枯草のうえにごろりと横たわっている。日向ぼっこをしているとしか言えない景色だ。天気が続くと同じ猫が日向ぼっこにきている。目を閉じてしばらく温まり(そのように見える)、やがてどこかに行ってしまう。庭のどのあたりが風がなく日当たりがいいかわかっているらしい。ガラス戸の中から見ていることがわかっても、猫は危険はないと判断しているらしくピクリともしない。(宮)
2017年2月24日
『丸山真男と解説書』 『濱口雄幸伝』の発端となった『丸山真男回顧談』の岩波文庫版が、『濱口雄幸伝』の著者今井清一先生の机上にあり、先生が「細部にわたって注記が付されている、だから書名に定本をつけくわえてある」と言われたので、ふたたび『丸山真男回顧談』を読み始めることとなった。とても面白い。『濱口雄幸伝』に関わる記述もかなり広範囲にあって、年のせいで記憶力がおとろえているのか、初めて読むときのような新鮮な感覚で読んでいる。そして丸山真男の生の声の面白さを味わっている。ブログ「世に倦む日々」の田中和宏さんが、丸山真男について書いたもののなかで、解説書など読まずに丸山の文章を読むべしと言っていた。解説書のすべてを読んだわけではないし、丸山に限らず解説書のお世話になったこともあるので、丸山の解説書すべてを否定するわけではないが、田中さんの意見に同感を覚える。読み始めたらぐいぐい引き込まれる文書の力を感じるし、この文章を多くの人にも知って欲しいとおもう。(宮)

『親子の時間』 朝、家から駅に向かう道の途中に、幼稚園がある。丁度幼稚園への登園時間と重なるのかあちこちからお父さんやお母さんに連れられた子どもがやってくる。朝はお父さんが多いような気がするが、そのうちの一組の父娘とは毎日すれ違ううちにとても気になる存在となった。お父さんは白髪交じりで40〜50代に見える。初めの頃はなんだか子どもとの関係があまりしっくり行っていないように見えたし、顔つきも困ったような顔をしていた。しかし日を追うごとに、娘とお父さんの関係はだんだんリラックスしたものになっていったのたのである。最近は心なしかお父さんにも余裕ができ、顔も微笑んでいる。楽しそうにおしゃべりしている姿をみるととても和む。こうやって毎日少しの時間を共にすることだけでも関係というのは変化していくのだなあと思った。人間関係ってそうだよなあとつくづく思った。親子もね。(やぎ)
2017年2月17日
『春一番』 今日春一番が吹いたそうだ。ここ数日の昼間の暖かいこと。春近しを感じさせる。浅川の土手は3月後半まで護岸工事がまっさかりだが、工事用車両を河原に入れるために臨時に作られた坂道のある土手にもいつのまにか草が生えだしている。もちろん在来の土手にも草がでている。昼間の暖かさと陽射しの強さで、事務所に着くと暑いくらいだ。冬の間くっきり見えていた富士山もやがて霞の中に見えなくなるだろう。(宮)
2017年2月10日
『情報を隠す』 南スーダンに派遣されている陸上自衛隊の現地からの日報(報告)が、破棄されていなくて見つかったというニュースが伝えられた。日報では派遣部隊の間近で戦闘があったと報告されている。このニュースには大事な問題がいくつも含まれているが、戦闘がおきている場所に自衛隊が派遣されていることが最も重要なことだ。そもそも自衛隊をそういう場所には派遣しないことになっていた。それゆえ、政府は従来、派遣が正当だと言うために戦闘は起きていないと嘘をついてきたわけだ。この問題に限らず、事実を隠すあるいは嘘をついて別のことを言うことを政府はくりかえしてきた。自分に都合の悪いことでも事実を事実として認めなければ物事を理解し対策を考えることはできないのに、当事者である政府はこれを実行できない、実行しようとしない。こういう性質の問題がつぎつぎに出てきている。当事者が事実を正直に伝えないとすれば、報道機関、マスコミが本領を発揮して事実を伝えなければならないが、それができているかというと、はなはだ心許ないのが現在の状況だと思う。報道機関、マスコミが事実を追求するためには、問題についてそれなりの知識が必要だろう。しかし、問題に現在の難しい時代状況が関わり、それに歴史の知識が大きく関わっていることは間違いない。こう考えてくると、直面している問題は大きく難しい。(宮)
2017年2月3日
『金星を見る』 昨今、仕事を終わって帰途につくころ、圧倒的な明るさで目に飛び込んでくる星は金星だ。なにしろ明るい。澄んだ夜空のなかで輝いている。毎日これを見るのが楽しみだ。ネットで調べたら太陽が出ている時間帯でも見えるぐらいの明るさと言っていたが、さもありなんと思う明るさだ。あの輝きはよほど接近しているだろう、もしかしたら円い形がみえるかもしれないと勝手に推測して双眼鏡で覗いたが、これは駄目だった。事務所が南平に引っ越してきて空が広いものだから、夜になると目は自然に月や星に向かう。都心では味わえぬ楽しみである。(宮)

『川沿いの木々』 最近というか年末から今まで高幡不動からのウォーキングをさぼっている。最近浅川では、大雨や台風で川が溢れにくくするために工事が進んでいる。浅川の土手を歩いてくる会社の人たちの情報によると川が増水したときに木が根こそぎ流れてきたり、ほかにもなにやら理由があり、河原にはえていた木をみんな切ってしまうことになったらしい。木がなんにもなくなったといっていた。今朝久しぶりに川沿いを歩いてきたので工事と川の風景を眺めた。ところどころに、大きく育っていた木があったのだが、そのほとんどは、なくなっていた。冬だからなのか葉っぱの1枚もないけどそこそこ大きな木が1〜2本ほど残っているだけで、がらんとしている(いずれ切られるのかなあ)。初めてここを歩き、木のはえているところを見たことがなければ、なんてことない土手からの風景にも見える。でもそれを毎日見ていたものにとっては大きな変化だ。以前、河原にはえていた木はそれぞれ違う種類の木で、花が咲くのもあれば蔦のような植物にからまれているのもあり、まさにそこに生きていた。鳥なんかもよくその木にとまり、さえずったり、枝から枝をとびまわっていた。今やあの光景が夢のようだ。だが…歩いていたら地面から鳥が生まれてくるように出てくる出てくる…そして空へ飛び立ち、気がついたら、切られず残されたハゲチャビンの裸の枝にたくさん(同じ種類のとりだった)とまった。その姿を見たら、「おお、たくましいな」とちょっと嬉しくなった。ちょっと寂しい気持ちになったが進行方向を見たら富士山がきれいに見えて、心が少し和んだ。(やぎ)
2017年1月27日
『受験』 1年中でもっとも寒いこの時期に大学、高校、中学の入学試験が行われる。受験生がおおいから大学のセンター試験では天気や交通機関のトラブルが話題になる。わたしも鮮明に憶えている受験の記憶がある。昭和31年、東京教育大学付属中学校を受験した。当時の小学校の担任教師が受験を勧めて、それにしたがったのだと記憶する。鮮明に憶えているのは、ひとつは受験票を貰いに行ったのか、提出に行ったのかわからないが、母と一緒に学校にたどり着くまで歩いた赤土の泥濘の道だ。寒くて身体をこわばらせて歩いた。もうひとつは試験が終わって当日か翌日か教師に報告に行ったとき、担任に同席していた熱心な先生が、試験の中身について執拗に質問し、私がしどろもどろで満足にこたえられなかったのを、追及された。担任の教師は庇ってくれたが、追及にいたく傷ついた記憶がある。出来が悪かったのだろう、受験は不合格で終わった。(宮)

『多様性とおしゃべり』 生き物もいろんな種類がいて地球上がなりたっているが、その種類もさることながら、その性格(個性)たるも多様性を極めるなあと最近思う。まったく自分と同じ人もしくは似ている顔、形、考えを持つような人だってきっと見つからないだろう。誰でも人(生き物は)はこの世にたった一人(一匹、一本等々…)ということになるとも言える。例えば人間だけでなく動物、鳥、草にも個々に個性があるものだなあと会社の近くで見かける鳥たちをみていても思う。のんびり屋、食い意地の張ったヤツ、常に仲間といるもの、仲間からはずれているもの、本当に様々だ。鳴き方だけでも、仕事をしながら耳を傾けてみるといろんな鳴き方で鳴いており、種類による違いもあれば、個体による違いもあることに気づく。そしてたまに、なにか訴えかけているような、おしゃべりしているようにしか聴こえないのが時々混じっているので、彼は、又は彼女は、いったい何をしゃべっているのか知りたくなる。ただ、あまりに長くさえずっているのを耳にすると、なんておしゃべりな子だろうとも…思う。いつまでもいつまでもしゃべり続け、一生その話、終わらないんじゃない?って心配になるくらいだ。それを聴いていたら、ああいるのだな、人間だけでなく鳥の世界でもこういういつまでもしゃべっているのが…と思う。そして人間であるおしゃべり好きの数人の顔が、頭の中に浮かんでくるのであった。(やぎ)
2017年1月20日
『世論調査』 TBS系列でJNNと名乗る女性から電話がかかってきた。都議会議員選挙に関する世論調査だという。質問を始める前に、いま若い人の回答、とくに39歳までと、49歳までの人が不足しているというので、それじゃあ私は年寄りだからと言ったら、せっかく電話に出ていただいたのに申し訳ありませんと話はこれでおしまいになり電話を切った。それから1時間ぐらい経った頃だろうか、また世論調査の電話がかかってきた。同じJNNだがこんどは予め録音された音声で、すぐに質問に入っていく。あれ、年齢の問題で外されたのではなかったかと思ったが、録音音声だから答えるか切るしかない。最初の電話の時にどうして選ばれたのか尋ねたら、例のRDD方式で選ばれたとわかった。年寄りの意見は充分に集まっているが若い人の意見が足りないのですと言っていた。こんな言い方自体ずいぶんいい加減な調査だと思ったが、年齢が世論調査に必要な分布をしていないにも拘わらず、結局2度目の電話で回答を求めてきた。内閣支持率が上がった下がったと、世論調査の数字が政局を左右しているが、世論調査自体について根本から考え直す必要がある。調査対象者が的確に選択されているのか、質問の仕方が誘導質問になっていないか、母集団の意見を推測できる程度に回答数を確保できているか、付随して誤差のパーセンテージはどれぐらいか、など、調査結果を使う前に確認するべきことがある。世論調査を実施している新聞・テレビは調査法について毎度きっちり説明すべきだが、いまや新聞・テレビにそんなまともな対応が期待できないとすれば、社会学者、社会調査専門家の出番ではないのか。ちなみに学生時代に関わった世論調査は選挙人名簿から然るべき方法でサンプルを選び、調査員の面接による質問で回答を集めた。いまのいい加減なやりかたと比較するのもばかばかしいくらいの丁寧な調査だった。(宮)
2017年1月13日
『坊ちゃん』 イギリスの新聞『ガーディアン』に、文学作品を100回読むことの功罪を論じた記事があったそうで、ダミアン・フラナガン(イギリスの日本文学研究者で漱石についての著作がある)が「もし日本の文学作品の中から、100回読むに値するものを選ぶとしたら」と考えたら答えはひとつしかないと、漱石の『坊ちゃん』をあげていた。その理由は第一に何といっても読みやすい、第二にフルコースのディナーであること(コメディ、諷刺もの、自叙伝、エレジーなどあらゆるジャンルの要素を組み合わせたものということだそうだ)、第三は際限のなさ(ほんのちょっとした事が実は深い意味を暗示していて、何度読み返しても際限なく新しい洞察を提供してくれる)。
フラナガンのブログhttp://damianflanagan.blogspot.jp/)では3つの理由について詳しく説明しているが、私は贔屓の引き倒し気味だと思いつつも、フラナガンの坊っちゃん譲りともいうべき単純さが嫌いではない。自分のことを考えると、初めて読んだ漱石作品は『坊ちゃん』だったと思うし、映画、テレビドラマで繰り返し取りあげられ、そのどれもそこそこ面白く作られていたことを思い出す。他の漱石作品ではそういうわけにはいかない。『坊ちゃん』は作りやすいのだろう。フラナガンのブログに南原伸二主演の映画のポスターが出ていたが、懐かしく見た。
(宮)
2017年1月6日
『ウクレレ』 ラジオを聴いていたらウクレレ奏者が出てきた。名渡山遼という23歳の若者だ。子どもの頃からウクレレに魅せられて、あげく演奏だけでなく楽器の製作までやっている。放送で演奏して聴かせていたが、澄んだ音色は耳に心地よい。好きなことをやり続けて実力を認められ、活躍の場をどんどん広げているらしい。ウクレレといったらハワイアンバンドのなかで使われているのを耳にするか、牧伸二のウクレレ漫談でなじみなだけで、ウクレレ演奏などこれまでほとんど聴いたことがないので、新しい世界を教えられたわけだ。(宮)

『何を一番最初に買うべきか?』 年が明けた。今年はどんな年になるのだろうか。もう記憶がおぼろげだが、たぶんおととし秋ごろから順次、洗濯機、ガス台と次々家の機械が壊れかけ、電子レンジにいたってはピクリとも動かなくなった。幸いにも洗濯機は脱水機能だけ、ガス台はグリルと二つあったコンロの部分の一つは使えたのでなんとなくしのいでいたらいつの間にか一年以上が経過していた。だが電子レンジは完璧に壊れ動かなくなった。というわけで電子レンジなし、コンロ一口、洗濯は手洗いの日々が続いている。引越すタイミングで買い換えようと考えてはいるものの、なかなか引越先も決まらない。でも最近はなければないですごせるものだと購買意欲さえあまり起きないのだった。
洗濯などは手洗いしてみるといろんなことがわかる。服の色の落ち具合だとか汚れを目で確認して洗える利点もあり、二日か三日置きにする洗濯日は行事のようで少し楽しくもある。コンロの一口も一ぺんにいろいろ作れないのがめんどうだが、どの順番で作ればいいかなど考えながら作ればいいだけのこと。電子レンジは、結婚のときに夫の両親が買ってくれたものなので二十年以上は使っていた。なくて一番不便に感じたのは冷えたものを短時間で温められるこの機械ではないかと思う。今もたまに購買意欲がわくのが電子レンジなのだが、よく考えたらあとの二つは完璧に壊れているわけじゃないからそう思うのだと気づいた。コンロと洗濯機(特に脱水機能が壊れたらお手上げ!)が家からなくなったら…と思ったらぞっとした。すぐに全ては買えないかもしれないけれど今年はさすがに買い替えないと…と真面目に考えている。先にコンロ、次に洗濯機かなあ。
まったくめでたくないネタですが…今年もよろしくお願いします。
(やぎ)