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「王様の耳はロバの耳」(2017)
 
2017年4月21日
『《悲愴》』 木々が芽を出してたちまち若葉に溢れるが、この景色を目にすると、小野光子さんの本を作っていたときにロシアの春の景色を撮った写真をみせていただいたことが甦ってくる。ロシアの短い春の歓びを表している写真だ。そう思ったら先日、チャイコフスキーの《悲愴》の節が浮かんできた。チャイコフスキーは西欧派といわれているが、やはりロシアの作曲家なのだ。にわかに聴きたくなり、久しぶりにCDで《悲愴》に耳を傾けた。そして第1楽章の哀切きわまるメロディを聴いたら、何十年も前に見たテレビ映画「アウトロー」のことが思い出される。連想が連想をよぶ。「アウトロー」はタイトル通り犯罪者が主人公の連続西部劇だったが、毎回最後に犯罪者が捕まったり、死んでいくときに《悲愴》第1楽章のメロディが流されていたのがとても印象的だった。子どもの犯罪者が取りあげられたときの子どもの表情、哀れさが記憶に残っているのである。「アウトロー」と《悲愴》のことはずっと以前、取りあげたことがあるが、また思い出し、書き留めたくなりました。テレビ映画「アウトロー」のことは、ネットで見ても何も出てこない。どうやら私のような記憶をもった視聴者は、残念ながらいないらしい。(宮)
2017年4月14日
『コンビニ』 原稿をお願いしている大学時代の恩師を訪問し、終わって一緒に駅前まで歩いた。93歳の先生は杖をつきゆっくりと歩をすすめる。駅前の人通りの多い道で「ちょっとまって、買い物をしたい」と言ってコンビニに入っていく。ドレッシング2種とおつまみにする菓子を買った。コンビニなどめったに入らないという、時代に取り残された生活を送っている私は、先生の特段時代にあわせるというのでもないごく自然なふるまいに感嘆した。(宮)
2017年4月7日
『〈25周年〉朔北社展開催』 赤羽にある青猫書房が、〈25周年〉朔北社展を開催してくれる。同書房は開店してまだ2年強の新しい児童書専門店。小さな出版社を応援してくれるありがたい書店である。4月12日から5月8日までで、途中4月22日には野坂悦子さんとふしみみさをさんの対談が予定されている。数えてみたらこれまで出版した点数は173冊、年平均にすると7冊だから、小出版社であることまちがいなしだ。始めた当時は既刊本が、いまから思えばけっこう売れていたが、近頃は既刊本は動きがきわめて鈍い。くわえて新刊が苦戦するわけだから出版は厳しい状況にならざるをえない。それはともかく、出版した本が熱心な読者に恵まれて読まれ続けていることがに日常の営業活動のなかでわかるから、出版活動をこれからも続けたいと改めて思うのである。(宮)
2017年3月31日
『暑さ寒さも彼岸まで』 今年は彼岸を過ぎても暖かくならない。真冬のような寒い日が続いている。桜は1週間もまえに開花宣言が出たが、蕾のまま。これで気温が上がったら一気に咲くのだろう。来週は棚卸しで草加しの出版倉庫に行く。棚卸しは毎年桜と重なるが、今年は近年になく桜が遅れているようだ。毎日浅川土手を歩いているが、いつのまにか富士山が見えなくなっている。ということは、大気は春の状態になっているのだろうが、とりあえず寒さのせいで冬の衣類を手放すことができない。(宮)

『筋違い…』 先日、社長が、無地の長4の封筒がなくなったというので買うことになった。我が社では社長が荷物に添える手紙を書いて入れる封筒として、又は給料を払う時(なんとこの時代に現金払い!)にこの封筒を使っているのだが、アスクルのカタログをみていたら、「筋入り」と書いてあったが、似た封筒を見つけ注文した。値段も安かった。買う時点で「筋入り」とは?と一瞬疑問が湧いたが、口を折る部分に筋が入っていて折りやすくなっているのだろうと一人納得。しかし、届いてみてびっくりしたのは、この封筒、目の悪い私の見方のせいか、カタログでは筋らしい線は見えなかったのだが、現物には、縦に筋が模様のように入っていた。ははーん。筋とはこの筋だったのかと納得。ハトロン紙でできた昔活躍していたあの封筒である。懐かしい質感とペラペラの薄さ。自分で購入しながら不本意ではあったが、ちょっと笑ってしまった。発注ミスで、はずかしいけれど「使ってください」と渡すと「まだこんな封筒作っているところがあるんですね」と社長。その後ふと文具が置かれた棚の隅をみたらなんと、そこにはまだ長4封筒の束があった。注文しなくてもよかったのだ。「あっ、まだ在庫ありました…」とそちらの束も社長に渡した。とんだ「筋違い」の出来事。日本語は難しい。でも懐かしい出会いもあったし、ま、いいか。当分長4封筒は買わなくていいだろう。(やぎ)
2017年3月24日
『外交的に解決済み』 太平洋戦争が始まったとき日系アメリカ人は、敵国人として強制収容所送り込まれた。戦後、補償要求運動が起きた。そして戦争終結から43年経った1988年に、日系アメリカ人に謝罪と補償を行う法律が成立した。下記は小熊英二『日本という国』に引用されていた岡部一明の『日系アメリカ人の強制収用から戦後補償へ』の一節である。「補償法のなかで米国議会は、この立法の外交上のメリットを正直に述べている。つまり、過去の誤りへの謝罪と補償を行うことにより、『他の国家による人権侵害に対する合衆国による憂慮の表明を、より信頼するにたる真摯なものにする』ことができるというのである。建前上であろうが、下心があろうが、とにかく国際社会に対して何らかの範を示さねばならぬ米国の立場が、こうした立法の背景にあった。60年代の〔黒人差別の撤廃をうたった〕公民権立法のときの新法律資料が米大使館を通じて速やかに各国にばらまかれた歴史と重なるものがある。逆に言うと、建前上であろうが何であろうが、人権尊重の範を垂れる必要も意志もない国家だけが過去の清算にも興味を示さないということである。」こういう一節に注目するのは日本政府のちまちました合法主義につくずく情けない思いを抱くからだ。例えば日本の植民地だった朝鮮、台湾の人たちに対する姿勢を考えてみよう。第2次大戦末期に日本兵として戦った朝鮮人、台湾人は、戦後日本人でなくなったことによって、日本兵が手厚く遇された軍人恩給などの埒外とされた。制度的、法的にはたしかに間違っていないのだろうが、人間の行いとして大事なものが足りない。日本政府がよく使う言葉に「外交的に解決済み」というのがある。従軍慰安婦の問題についても同様の姿勢、対応だということがわかるで。外交的、あるいは法的にはまったく正当かもしれないが、それを超えた対処法があるのだと思う。合法的と言うことだけとればヒトラーのナチスだって、まったく合法的に成立したし、授権法だって合法的に成立した。アメリカ独立戦争は、イギリスから見れば反逆行為でしかなかっただろう。現在のような混迷した世界、社会状況のなかでは、自然権に立ち返って考える必要がありそうだ。小熊英二の本を読んで、いろいろなことを考えさせられた。(宮)
2017年3月17日
『森友学園スキャンダル』 関西の森友学園問題が拡大・展開し始めた。国有地を常識はずれの好条件で買い取ったり、何種類もの助成金をもらったり、総理大臣の名前を使って学校設立の寄付活動をしたりと多彩(?)な問題を引き起こしていたと報じられた。豊中市議会議員である木村真氏の国有地売却についての疑問から始まったらしいが、これらの事柄の個々の経緯が明らかになるにつれて行政機関、政治家を巻き込んだ一大スキャンダルになってきた。問題はある意味でとても単純な構造であり、さまざまな関係者が保身から、都合のよい事実を語り嘘をつくものだから、結果として問題の中身がしだいしだい露わになっていく。森友学園が経営する幼稚園児の教育勅語暗唱や軍歌斉唱は見るに耐えないが、問題が大きくなったために児童も集まらなくなったらしい。当事者・関係者のさまざまな行為がつくりだした事実と制度的規制のなかで問題の性質が徐々にはっきりしてくる。安倍首相はじめ関係した要人は打撃を蒙るどころか、逃げ切れないと思う。それにしても、弁護士出身の稲田防衛大臣の、自身の記憶にもとづいて答弁したことが後日間違いだと判っても、それは記憶にもとづいて言ったのであるから虚偽答弁ではないという弁明には驚いた。この理屈に従えば、どんなことを発言しても、あれは記憶違いでしたですまされることになるわけだから。(宮)
2017年3月10日
『名前』 このところ用事で東横線に乗ることがある。井の頭線から東横線まで結構長い距離を歩く。昔の東横線を使っていた者には、まるで異次元の世界に迷い込んだような違和感のあった道筋も大分慣れてはきたが、どこになにがあるのかまだまだ頭に入っていない。先日のこと、東横線のわきに完成して間もない「渋谷ヒカリエ」があるので、必要なときに備えて書店の存在を確認するべく中に入って案内板を見てみた。ほとんどがカタカナ表記の店の名前がビッシリ並んでいて眩暈がする。けっきょく書店の存在は確認できなかった。近くの店の人に尋ねたところ書店はないことが分かった。この巨大な建物に書店がないのに少なからず驚いたが、それはともかく初めから人に聞いたほうがはやかった。(宮)
2017年3月3日
『3時の昼寝』 天気のいい日の3時ごろ、ふと庭先を見ると、猫が枯草のうえにごろりと横たわっている。日向ぼっこをしているとしか言えない景色だ。天気が続くと同じ猫が日向ぼっこにきている。目を閉じてしばらく温まり(そのように見える)、やがてどこかに行ってしまう。庭のどのあたりが風がなく日当たりがいいかわかっているらしい。ガラス戸の中から見ていることがわかっても、猫は危険はないと判断しているらしくピクリともしない。(宮)
2017年2月24日
『丸山真男と解説書』 『濱口雄幸伝』の発端となった『丸山真男回顧談』の岩波文庫版が、『濱口雄幸伝』の著者今井清一先生の机上にあり、先生が「細部にわたって注記が付されている、だから書名に定本をつけくわえてある」と言われたので、ふたたび『丸山真男回顧談』を読み始めることとなった。とても面白い。『濱口雄幸伝』に関わる記述もかなり広範囲にあって、年のせいで記憶力がおとろえているのか、初めて読むときのような新鮮な感覚で読んでいる。そして丸山真男の生の声の面白さを味わっている。ブログ「世に倦む日々」の田中和宏さんが、丸山真男について書いたもののなかで、解説書など読まずに丸山の文章を読むべしと言っていた。解説書のすべてを読んだわけではないし、丸山に限らず解説書のお世話になったこともあるので、丸山の解説書すべてを否定するわけではないが、田中さんの意見に同感を覚える。読み始めたらぐいぐい引き込まれる文書の力を感じるし、この文章を多くの人にも知って欲しいとおもう。(宮)

『親子の時間』 朝、家から駅に向かう道の途中に、幼稚園がある。丁度幼稚園への登園時間と重なるのかあちこちからお父さんやお母さんに連れられた子どもがやってくる。朝はお父さんが多いような気がするが、そのうちの一組の父娘とは毎日すれ違ううちにとても気になる存在となった。お父さんは白髪交じりで40〜50代に見える。初めの頃はなんだか子どもとの関係があまりしっくり行っていないように見えたし、顔つきも困ったような顔をしていた。しかし日を追うごとに、娘とお父さんの関係はだんだんリラックスしたものになっていったのたのである。最近は心なしかお父さんにも余裕ができ、顔も微笑んでいる。楽しそうにおしゃべりしている姿をみるととても和む。こうやって毎日少しの時間を共にすることだけでも関係というのは変化していくのだなあと思った。人間関係ってそうだよなあとつくづく思った。親子もね。(やぎ)
2017年2月17日
『春一番』 今日春一番が吹いたそうだ。ここ数日の昼間の暖かいこと。春近しを感じさせる。浅川の土手は3月後半まで護岸工事がまっさかりだが、工事用車両を河原に入れるために臨時に作られた坂道のある土手にもいつのまにか草が生えだしている。もちろん在来の土手にも草がでている。昼間の暖かさと陽射しの強さで、事務所に着くと暑いくらいだ。冬の間くっきり見えていた富士山もやがて霞の中に見えなくなるだろう。(宮)
2017年2月10日
『情報を隠す』 南スーダンに派遣されている陸上自衛隊の現地からの日報(報告)が、破棄されていなくて見つかったというニュースが伝えられた。日報では派遣部隊の間近で戦闘があったと報告されている。このニュースには大事な問題がいくつも含まれているが、戦闘がおきている場所に自衛隊が派遣されていることが最も重要なことだ。そもそも自衛隊をそういう場所には派遣しないことになっていた。それゆえ、政府は従来、派遣が正当だと言うために戦闘は起きていないと嘘をついてきたわけだ。この問題に限らず、事実を隠すあるいは嘘をついて別のことを言うことを政府はくりかえしてきた。自分に都合の悪いことでも事実を事実として認めなければ物事を理解し対策を考えることはできないのに、当事者である政府はこれを実行できない、実行しようとしない。こういう性質の問題がつぎつぎに出てきている。当事者が事実を正直に伝えないとすれば、報道機関、マスコミが本領を発揮して事実を伝えなければならないが、それができているかというと、はなはだ心許ないのが現在の状況だと思う。報道機関、マスコミが事実を追求するためには、問題についてそれなりの知識が必要だろう。しかし、問題に現在の難しい時代状況が関わり、それに歴史の知識が大きく関わっていることは間違いない。こう考えてくると、直面している問題は大きく難しい。(宮)
2017年2月3日
『金星を見る』 昨今、仕事を終わって帰途につくころ、圧倒的な明るさで目に飛び込んでくる星は金星だ。なにしろ明るい。澄んだ夜空のなかで輝いている。毎日これを見るのが楽しみだ。ネットで調べたら太陽が出ている時間帯でも見えるぐらいの明るさと言っていたが、さもありなんと思う明るさだ。あの輝きはよほど接近しているだろう、もしかしたら円い形がみえるかもしれないと勝手に推測して双眼鏡で覗いたが、これは駄目だった。事務所が南平に引っ越してきて空が広いものだから、夜になると目は自然に月や星に向かう。都心では味わえぬ楽しみである。(宮)

『川沿いの木々』 最近というか年末から今まで高幡不動からのウォーキングをさぼっている。最近浅川では、大雨や台風で川が溢れにくくするために工事が進んでいる。浅川の土手を歩いてくる会社の人たちの情報によると川が増水したときに木が根こそぎ流れてきたり、ほかにもなにやら理由があり、河原にはえていた木をみんな切ってしまうことになったらしい。木がなんにもなくなったといっていた。今朝久しぶりに川沿いを歩いてきたので工事と川の風景を眺めた。ところどころに、大きく育っていた木があったのだが、そのほとんどは、なくなっていた。冬だからなのか葉っぱの1枚もないけどそこそこ大きな木が1〜2本ほど残っているだけで、がらんとしている(いずれ切られるのかなあ)。初めてここを歩き、木のはえているところを見たことがなければ、なんてことない土手からの風景にも見える。でもそれを毎日見ていたものにとっては大きな変化だ。以前、河原にはえていた木はそれぞれ違う種類の木で、花が咲くのもあれば蔦のような植物にからまれているのもあり、まさにそこに生きていた。鳥なんかもよくその木にとまり、さえずったり、枝から枝をとびまわっていた。今やあの光景が夢のようだ。だが…歩いていたら地面から鳥が生まれてくるように出てくる出てくる…そして空へ飛び立ち、気がついたら、切られず残されたハゲチャビンの裸の枝にたくさん(同じ種類のとりだった)とまった。その姿を見たら、「おお、たくましいな」とちょっと嬉しくなった。ちょっと寂しい気持ちになったが進行方向を見たら富士山がきれいに見えて、心が少し和んだ。(やぎ)
2017年1月27日
『受験』 1年中でもっとも寒いこの時期に大学、高校、中学の入学試験が行われる。受験生がおおいから大学のセンター試験では天気や交通機関のトラブルが話題になる。わたしも鮮明に憶えている受験の記憶がある。昭和31年、東京教育大学付属中学校を受験した。当時の小学校の担任教師が受験を勧めて、それにしたがったのだと記憶する。鮮明に憶えているのは、ひとつは受験票を貰いに行ったのか、提出に行ったのかわからないが、母と一緒に学校にたどり着くまで歩いた赤土の泥濘の道だ。寒くて身体をこわばらせて歩いた。もうひとつは試験が終わって当日か翌日か教師に報告に行ったとき、担任に同席していた熱心な先生が、試験の中身について執拗に質問し、私がしどろもどろで満足にこたえられなかったのを、追及された。担任の教師は庇ってくれたが、追及にいたく傷ついた記憶がある。出来が悪かったのだろう、受験は不合格で終わった。(宮)

『多様性とおしゃべり』 生き物もいろんな種類がいて地球上がなりたっているが、その種類もさることながら、その性格(個性)たるも多様性を極めるなあと最近思う。まったく自分と同じ人もしくは似ている顔、形、考えを持つような人だってきっと見つからないだろう。誰でも人(生き物は)はこの世にたった一人(一匹、一本等々…)ということになるとも言える。例えば人間だけでなく動物、鳥、草にも個々に個性があるものだなあと会社の近くで見かける鳥たちをみていても思う。のんびり屋、食い意地の張ったヤツ、常に仲間といるもの、仲間からはずれているもの、本当に様々だ。鳴き方だけでも、仕事をしながら耳を傾けてみるといろんな鳴き方で鳴いており、種類による違いもあれば、個体による違いもあることに気づく。そしてたまに、なにか訴えかけているような、おしゃべりしているようにしか聴こえないのが時々混じっているので、彼は、又は彼女は、いったい何をしゃべっているのか知りたくなる。ただ、あまりに長くさえずっているのを耳にすると、なんておしゃべりな子だろうとも…思う。いつまでもいつまでもしゃべり続け、一生その話、終わらないんじゃない?って心配になるくらいだ。それを聴いていたら、ああいるのだな、人間だけでなく鳥の世界でもこういういつまでもしゃべっているのが…と思う。そして人間であるおしゃべり好きの数人の顔が、頭の中に浮かんでくるのであった。(やぎ)
2017年1月20日
『世論調査』 TBS系列でJNNと名乗る女性から電話がかかってきた。都議会議員選挙に関する世論調査だという。質問を始める前に、いま若い人の回答、とくに39歳までと、49歳までの人が不足しているというので、それじゃあ私は年寄りだからと言ったら、せっかく電話に出ていただいたのに申し訳ありませんと話はこれでおしまいになり電話を切った。それから1時間ぐらい経った頃だろうか、また世論調査の電話がかかってきた。同じJNNだがこんどは予め録音された音声で、すぐに質問に入っていく。あれ、年齢の問題で外されたのではなかったかと思ったが、録音音声だから答えるか切るしかない。最初の電話の時にどうして選ばれたのか尋ねたら、例のRDD方式で選ばれたとわかった。年寄りの意見は充分に集まっているが若い人の意見が足りないのですと言っていた。こんな言い方自体ずいぶんいい加減な調査だと思ったが、年齢が世論調査に必要な分布をしていないにも拘わらず、結局2度目の電話で回答を求めてきた。内閣支持率が上がった下がったと、世論調査の数字が政局を左右しているが、世論調査自体について根本から考え直す必要がある。調査対象者が的確に選択されているのか、質問の仕方が誘導質問になっていないか、母集団の意見を推測できる程度に回答数を確保できているか、付随して誤差のパーセンテージはどれぐらいか、など、調査結果を使う前に確認するべきことがある。世論調査を実施している新聞・テレビは調査法について毎度きっちり説明すべきだが、いまや新聞・テレビにそんなまともな対応が期待できないとすれば、社会学者、社会調査専門家の出番ではないのか。ちなみに学生時代に関わった世論調査は選挙人名簿から然るべき方法でサンプルを選び、調査員の面接による質問で回答を集めた。いまのいい加減なやりかたと比較するのもばかばかしいくらいの丁寧な調査だった。(宮)
2017年1月13日
『坊ちゃん』 イギリスの新聞『ガーディアン』に、文学作品を100回読むことの功罪を論じた記事があったそうで、ダミアン・フラナガン(イギリスの日本文学研究者で漱石についての著作がある)が「もし日本の文学作品の中から、100回読むに値するものを選ぶとしたら」と考えたら答えはひとつしかないと、漱石の『坊ちゃん』をあげていた。その理由は第一に何といっても読みやすい、第二にフルコースのディナーであること(コメディ、諷刺もの、自叙伝、エレジーなどあらゆるジャンルの要素を組み合わせたものということだそうだ)、第三は際限のなさ(ほんのちょっとした事が実は深い意味を暗示していて、何度読み返しても際限なく新しい洞察を提供してくれる)。
フラナガンのブログhttp://damianflanagan.blogspot.jp/)では3つの理由について詳しく説明しているが、私は贔屓の引き倒し気味だと思いつつも、フラナガンの坊っちゃん譲りともいうべき単純さが嫌いではない。自分のことを考えると、初めて読んだ漱石作品は『坊ちゃん』だったと思うし、映画、テレビドラマで繰り返し取りあげられ、そのどれもそこそこ面白く作られていたことを思い出す。他の漱石作品ではそういうわけにはいかない。『坊ちゃん』は作りやすいのだろう。フラナガンのブログに南原伸二主演の映画のポスターが出ていたが、懐かしく見た。
(宮)
2017年1月6日
『ウクレレ』 ラジオを聴いていたらウクレレ奏者が出てきた。名渡山遼という23歳の若者だ。子どもの頃からウクレレに魅せられて、あげく演奏だけでなく楽器の製作までやっている。放送で演奏して聴かせていたが、澄んだ音色は耳に心地よい。好きなことをやり続けて実力を認められ、活躍の場をどんどん広げているらしい。ウクレレといったらハワイアンバンドのなかで使われているのを耳にするか、牧伸二のウクレレ漫談でなじみなだけで、ウクレレ演奏などこれまでほとんど聴いたことがないので、新しい世界を教えられたわけだ。(宮)

『何を一番最初に買うべきか?』 年が明けた。今年はどんな年になるのだろうか。もう記憶がおぼろげだが、たぶんおととし秋ごろから順次、洗濯機、ガス台と次々家の機械が壊れかけ、電子レンジにいたってはピクリとも動かなくなった。幸いにも洗濯機は脱水機能だけ、ガス台はグリルと二つあったコンロの部分の一つは使えたのでなんとなくしのいでいたらいつの間にか一年以上が経過していた。だが電子レンジは完璧に壊れ動かなくなった。というわけで電子レンジなし、コンロ一口、洗濯は手洗いの日々が続いている。引越すタイミングで買い換えようと考えてはいるものの、なかなか引越先も決まらない。でも最近はなければないですごせるものだと購買意欲さえあまり起きないのだった。
洗濯などは手洗いしてみるといろんなことがわかる。服の色の落ち具合だとか汚れを目で確認して洗える利点もあり、二日か三日置きにする洗濯日は行事のようで少し楽しくもある。コンロの一口も一ぺんにいろいろ作れないのがめんどうだが、どの順番で作ればいいかなど考えながら作ればいいだけのこと。電子レンジは、結婚のときに夫の両親が買ってくれたものなので二十年以上は使っていた。なくて一番不便に感じたのは冷えたものを短時間で温められるこの機械ではないかと思う。今もたまに購買意欲がわくのが電子レンジなのだが、よく考えたらあとの二つは完璧に壊れているわけじゃないからそう思うのだと気づいた。コンロと洗濯機(特に脱水機能が壊れたらお手上げ!)が家からなくなったら…と思ったらぞっとした。すぐに全ては買えないかもしれないけれど今年はさすがに買い替えないと…と真面目に考えている。先にコンロ、次に洗濯機かなあ。
まったくめでたくないネタですが…今年もよろしくお願いします。
(やぎ)