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「王様の耳はロバの耳」(2020)
 
   
2020年1月24日
『通史』  「大系日本の歴史」15巻の藤原彰著『世界の中の日本』を読んだ。同じ著者の『中国戦線従軍記』(岩波現代文庫)が面白かったので、図書館にあった『世界の中の日本』を引き続いて読んだ。第2次世界大戦の終わった1945年から、昭和天皇がなくなるまでの約45年間の通史である。通読して、分っていたつもりの出来事、事件が時間の流れの中で、世界の動きと関連させられながら、位置づけられ説明されていて、とても面白かった。
 GHQの強力な指導に従って制定された日本国憲法だが、朝鮮戦争の勃発により、制定から3年弱の時間しかたっていないのに真っ向から矛盾する警察予備隊という軍隊を作らざるを得なくなったことなど、アメリカの矛盾した政策とそれに随順する占領下日本の姿が的確に描かれている。
 政治の動きは歴代首相のプロフィールとともに解説されていて、内閣の性格がよくわかる。戦前の政治家が復活し戦前回帰の強い願望を持って動き出すが、GHQに反発する力は弱い。むしろマッカーサーやGHQに巧みに取り入って面従腹背の行動を取る。
 通史の中で見るとサンフランシスコ講和会議で中国、朝鮮、ソ連を除外したことの問題性もよくわかる。日本は、戦争でもっとも迷惑をかけた国を除外した講和条約を締結したのだから、後年そのつけが回ってくるのも当然だろう
 通史を読むことの有用性を改めて知らされた本だ。
(宮)
   
2020年1月17日
『涙もろい』 この3月で小学校を卒業する子どものクラスでは、音楽の時間に卒業式(か、お別れの会)で歌う歌を練習している。お友だちの一人が、その歌を歌い始めると感情移入しすぎて、途中でおいおい泣いてしまうそう。どんなに堪えても必ず泣いてしまう。それどころか、音楽の時間以外に、この「どうしても泣いてしまうエピソード」を話しているだけでも、泣いてしまうのだという。その話のあと、うちの子が「幼稚園卒園の時に、クラスのママが作ってくれた思い出DVDにBGMで使われていたSEKAI NO OWARIの「RPG」を聞くと、小学校2年生くらいまでは思い出して号泣しちゃってた」と言い、今でも聴くと「うるっ」としちゃうそうだ。
音楽ってそういうものだよね~と、ママもそういう曲があるよ~と話をしながら思う、母はそのお友だちのエピソードを聞いただけで泣けるし、「RPG」は今だに泣く。私は、とっても涙もろい。そして今、小学校の卒業式、私はどんだけ泣くんだろうか?と想像しただけで、「うるっ」としてしまった。卒業式、大きなタオルを持参しなくては……。
(みなりん)
2020年1月10日
『戦争を回避』  トランプ大統領の愚かな指示でアメリカ軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したために、いよいよイランアメリカ戦争が始まるのかと世界中が固唾をのむ中、イランがまず米軍基地に対しての攻撃を行った。これに対してアメリカが更に反撃することが危惧されていたわけだが、ひとまず武力による反撃はせず、経済制裁することが明らかになった。攻撃を受けたとき、イランもアメリカも激しい言葉で相手を威嚇し、厳しい反撃を声高に誓っていた。しかし今回の危機を招いたトランプ大統領は、イランの反撃のあと、戦争回避に舵を切ったようだ。声明発表のとき周囲に政府・軍の要人を背後に立たせて、自身の思いつきの方針でなく、慎重に検討した政府の方針であることを示していた。まったく人騒がせな男だ。こんな人物がアメリカ大統領であり、次期大統領選でも再選される可能性があるのだから恐ろしい。とんでもない人物が首相を務めているのは日本も同様で、今回の危機に際して安倍首相は海上自衛隊の中東派遣を再考すると発言しない。既定方針通り派遣するという。こんな政府の方針に対して自衛隊の現場から不安の声が上がっているると報じられた。偶発的な出来事によって戦争に巻き込まれるかもしれないのに、的確な状況判断と行動方針を国民に全く説明しない、説明しようとしない現在の日本政府の対応はじつに恐ろしい。(宮)

『本当に道徳教育が必要なのは誰だ』  明けましておめでとうございます。
 新しい年が始まった。2020年という年は日本にとってどんな年になるだろうか。何も問題のない社会などないけれど、このところの世の中を見ていると、とんでもない方向へ向っていくのではないかと不安の方が大きい。真面目にコツコツ働いてきた人たちが報われない世の中なんてあってはいけない、そう思う。
 近年いわれる道徳教育。私の頃の道徳の授業といえば「口笛吹いて~♪空き地へい~った 知らない子がやってきて、遊ばないかと笑ってい~いった♪」という歌詞がメロディーと共に流れてきて始まるNHK教育番組のテレビドラマを見ていた記憶しかない。本来、普通に人間関係を育んでいれば自然と培われるものでもある道徳。挨拶すること、嘘をつかないこと、間違ったことをしたときには謝ること、お礼を言うこと、盗まないこと、人がいやがることをしないこと等々。子ども達には大人が見本だ。よく見ていて真似をする。間違ったことをした時にはしかることも必要だし、子ども同士の中でもいろんなことで揉まれては学び成長していく。
 考えるきっかけはいつでもどこにでもころがっているし、道徳の教科に点数をつけるなんてナンセンスもいいところだ。道徳教育が一番必要なのは大人の方かもしれない。子どもにあれはだめこれはだめだといいながら、一番嘘をついたり、自分の利権ばかりを考え、ずるをしたり、本心とは違う対応をし、陰口を叩くのは大人のほうなのだから。
 特に現在の政治家たちには道徳教育云々言われたくない。基本の道徳ができていない人に道徳云々言われること自体、ちゃんちゃらおかしいではないか。教育が必要なのは、大人自身なのだ。まず政治家たちは国民に道徳の成績表をつけてもらったらいいだろう。私だって大人になった今だってちゃんとできていない部分があるかもしれない。だから考える。どうすればいいか。自分で。そして家族、友人、同僚、また出会った人たちの様々な意見を聞きながら又考える。今はとにかくスピードが問われる時代だけれど、本当にそんなに急ぐ必要があるのだろうか。深呼吸して考える時間、季節を感じたり、笑い合える時間をもつことのほうが道徳を学び、成績をつけるよりも大切なのではないだろうか。子ども達は年々忙しくなっている。ただただ学校へ行き、放課後遊び、夏休みも暇をもてあまし、小さな冒険をする…私たちは本当の豊かさとはなにか今一度考えるときに来ているのではないだろうか。
(やぎ)
   

『2020年が、良い年でありますように』 2020年が始まった。
2019年の年末は、子どもがインフルエンザにかかり、弱ってるところに胃腸炎をもらい、病院で点滴をうけたりと、ハードな年の暮れだった。
大晦日の気忙しさや、ちょっとしたご馳走と年越しそば、正月のお節やお餅等々は、元気もりもり、食欲もりもりであればこそ。我が家は、家族で消化のよいものを食べながら、のんびり過ごした。それでも、家族(+猫2匹)で、あたたかい部屋で新しい年を迎えられるだけでも、本当に幸せだと思う。
年が明けてから、世界平和へ背を向けるようなニュースが続く。世界中の誰もが、戦争や争いのない平和な世の中を望んでいると私はずっと思っているが、時々ふと思う。まったくもって信じがたいが、もしかしたらそうじゃない人がいるのではないか?と。
子どもが生きる未来が希望に満ち溢れた戦争のない平和な日々であるように、自分にできることは何だろうかと、ずっと考えている。できることは、小さい事かもしれないが、考えることを止めず、行動していきたいと思っている。
(みなりん)