本書の主人公玉虫左太夫は、仙台藩士で、儒学者として生きてきたが、幕末の激動の中で、学者としては儒学をこえて西洋の学問に取り組み、林家との関係から日米和親条約の交渉に関わり、さらに条約の批准書交換のためにアメリカに行き、世界1周まで経験した。この経歴から欧米についての知識、見識を尊重された挙げ句、仙台藩主に信頼され、成り行きから奥羽越列藩同盟の中枢で働いた。しかし、羽越列藩同盟が形勢不利となるとその働きに対する責任を問われて、刑死する。波乱に富んだ生涯を送った人である。
本書は小説の形を借りて左太夫の生涯を描いているが、小説故に我々が歴史書で知っている出来事の渦中にいた人々の心理が、よく理解できるように描写されている。歴史上の出来事の成り行きが立体的にイメージできる。実際の玉虫左太夫は、経験したことを記録することに長けていた人だったようで、多数残されているそれらの記録に基づいて書かれた本書は、否応なく政治・外交に関わることになった人々の心理と行動を通して、幕末維新の社会と人を理解するための貴重なきっかけを与えてくれる。
私は昌平坂学問所の儒学者、林家の人々などは時代に取り残された人々だと思っていたが、まったく別の働きをした人たちでもあることを教えられた。本書の左太夫も儒学者なのに欧米についての知識と見識を買われて、藩政、さらには奥羽越列藩同盟のために働くことになった。そもそもの個人的関心、願望とは別の動きに絡め取られてしまい、人生が違った道をたどり始めるのだ。(文:宮) |