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「この本おもしろかったよ!」
1ヶ月に約1冊のペースで朔北社出版部の3人がお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

女二人のニューギニア

有吉佐和子/著

朝日文庫

1985年

 この本は、友人が読んで面白かったからと貸してくれた一冊だ。その友人は家の屋根裏を整理していて、母親が昔読んだこの本を見つけたと言う。題名も表紙もなんだかとてもいい。黄色い表紙の中に描かれた、なんともおかしみのあるイラストからは中身の面白さを予感させた。実際にこの本は今はおそらく絶版で本屋では手に入らないようだが、紹介していいものだろうか?
 だがこの際、一度本になったものなら図書館や古本屋で見つけて手に取ってもらえる可能性があるだろう。そしてまたこういう昔に出た本でもよみがえったりしたら面白いではないか!などと考えながらこの本について書こうと思ったわけである。

 この本は旅行記で、著者の有吉さんが友人の住むニューギニアのお宅に遊びにいくノンフィクションだ。友人の畑中幸子さんは文化人類学者。この国のネイティブたちの生活様式について研究するために現地に暮らしているのだ。

 そしてその気軽さで空港で友人の畑中さんと会う。有吉さんはニューギニアに関していくら未開の場所といっても、過去の様々な旅での経験が邪魔をして少々舐めていた。到着した日は長官のゲストハウスに泊まるも、その皆で囲んだ夕食の席での会話で初めて、明日はセスナである地点まで行った後、目的地である畑中さんの家まで歩くと知るのである。それも丸2日間!で…1日換算11時間も歩き続けなければ到達できないというのだ!
 もちろんそんなことを想像だにしていなかった有吉さんはびっくりたまげてしまう。「え?誰が歩くの?」とあくまでも他人ごとの様に質問する。畑中さんが答える「あんたと私」。心の準備ができていない人にとってなんとシュールな答えだろうか。
 普段は近場でもタクシーに乗る有吉さん。そしてゴルフコースを18ホール回るころにはぜいぜいしてしまう有吉さん。そんな彼女が果たして歩ききれるのだろうか?と不安になる。畑中さんが言う「あんたが疲れたら、3日にしてもええけどね」「そうして頂だい」とさらりと答えたが、どちらにしてもしんどいに違いない。

 なにはともあれ歩き始める。その家に着くまでの3日間のこと。そして畑中さんの家で過ごす思いもよらぬ長期滞在。突然訪れる帰国の日。どれもこれが日常だったらと思うと信じられないことばかりだが、この本を読むと世界の広さを感じずにはいられない。今から52年前のニューギニアのヨリピアという場所が醸し出す原始の雰囲気が2人のやりとりや、そこに暮らす人々の描写からリアルに伝わって来る。
 関西弁の畑中さんと大真面目に文句を言う有吉さんはいつでも掛け合い漫才のようだし、二人とも激しくてむき出しで、それでいて時にお互い思いやる優しさも訪れてみたり…とにかく人間臭い。本人?本人たち?は必死だろうにと思うのだが面白くて笑ってしまう出来事が次々起こる。きっとこんな体験をしたら一生忘れないだろう。読者として読んだ私にまでこんな強烈な印象を残したのだから。

 私はまだこの本しか読んでいないが、有吉佐和子さんは小説家で結構沢山の本を出している。だが残念ながら今はもうこの世にいない。調べたら1931年生まれ。なんと53歳の若さで急性心不全で亡くなられたと知る。一度お話を伺ってみたかったなと思う。
 友人の畑中さんは1930年生まれの現在89か90歳くらいだろうか。有吉さんとはおそらく同学年だろう。彼女は今どこに住んでいるのだろうか。このびっくりするような生活の中に飛び込んでそこに住む人々の生活様式を研究するために30代後半の彼女がこの国で暮らしたということを、とてもすごいことだと思った。繊細だったり、大胆だったり、度胸も併せ持っている。
 調べてみたが2人は学校が同じだったわけではなさそうだ。2人はどんな時に出会い友だちになったのだろうか?世の中には本当に面白い人がたくさんいる。生きていくためにこの形しかないなどととらわれ過ぎる必要はないのかもしれない。人は経験によって出来ている。もちろん想像力も大切だが、経験ほどその人の血や肉、心になるものはないのではないだろうか?
 
 何度となく、こんな場所だと知っていたら来なかったと有吉さんは書いているし、どうして誰も引き留めてくれなかったのかとも書いているし、知っていたら来なかったと言っている。知らないということはある意味とても強い武器だ。人はとても弱い生き物だ。知ったら出来ないこともある。知らないから出来る。
 若いときがそうだ。社会を知らない、常識を知らない、いろいろ知らないかったから本気でぶつかっていけたという経験が今までにも私自身沢山あった。それはかけがえのない財産だし、そこから得たものも大きい。

 有吉さんは知らなかったからこそ、あの距離を歩き切り(正確には違うが…詳しくは本を読んでほしい)ヨリピアに行けて、かけがえのない、誰もしたことがない経験をしたのだと思う。そしてそのことを本に書いた。その本を読み多くの読者を楽しませ、50年以上たった後…私のもとに手紙のようにこの本が手元に届いた。初めは借りて読んだけど、この本をコロナのこの時期にどうしても読みたくなった。手元に置いて、何度も読みたいなと思い古本で手に入れた。これでいつでも読めると思うとなんだかうれしい。
(文:やぎ)