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「この本おもしろかったよ!」
1ヶ月に約1冊のペースで朔北社出版部の3人がお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

ぶたぶたシリーズ
矢崎存美/著

光文社文庫と徳間文庫
※表紙写真は最新刊『ぶたぶたラジオ』(光文社文庫)

 この本を一冊読んだとき、面白くて一人クスクスと笑いながら読んだ。私は子どもの頃からファンタジーのような妖精や小人などの存在を描いた本が好きだった。大人になり現実も見なければと一時期(今もだが)エッセイやフィクションもの科学ものなどの本に向かっていた期間もあるのだが、やはり好きなものは好きで、事あるごとにそのセンサーに触れると、好きが頭をもたげてくる。コロボックルしかり、妖怪しかり、ましてや人形好きの私の夢のど真ん中を行くのが、この「ぶたぶたシリーズ」だった。これで人生が変わるかというとそういうタイプの本ではないと思うが、しかし静かに心にも何かを残してゆく本でもあるように思う。ぶたぶたとは生きたぶたのぬいぐるみのことで、名前を山崎ぶたぶたという。美人な奥さんと、かわいい娘が二人いるお父さん(本によっては設定が違うものもあるのかも)。ちなみに奥さんと子どもはぬいぐるみではなく人間…。名前の山崎はともかくとして、下の名前のぶたぶたは彼の見た目そのまま、ぴったりの名前なのだ。このシリーズの主人公は題名にもなっているぶたぶたのようにも思うが、実は違う。主人公はあくまでも、短篇一つ一つに出てくる一般市民。あくまでもぶたぶたは、その主人公が出会う登場人物の一人なのだ。バレーボール程度の大きさのぶたのぬいぐるみが話をしたり、歩いたり、料理したり、文章がうまかったり、聞き上手だったりするのだから…びっくりしてしまう。主人公がその影に隠れてしまったとて無理はない。だがしかし、ちゃんとぶたぶたと主人公、他の登場人物も印象に残るから不思議だ。彼らがぶたぶたを前にして思う心理描写はまさに読者の心理描写でもあり彼らの人生の一コマをぶたぶたと会うことでよりよいもの、幸せなものに変化してゆくというのがこの本の良いところ。タイプは違うがこれに似た主人公の絵本が朔北社にもある。「ミスター・ベンとふしぎなぼうけんシリーズ」(デビッド・マッキー/作 まえざわあきえ訳)がそれだ。みんな生きていれば色んなことに悩む。誰かに話すことや、人のなにげない言葉で、視点をちょっと変えるだけで何か変わったり、動き出すことがあるのだとどちらも教えてくれる(ような気がする)。ぶたぶたの言葉はとてもシンプルで真っ直ぐで基本的に嘘がない。ミスター・ベンもしかりだ。私のように沢山語れば伝わるかというと決してそうではないのだと気づかせてくれる。本当にいい人というのはいいことをしようと考えているのではなく、ごく自然に。だから無理がない。本当の意味で愛がある人なのかなと思う。自分もそうなれたらいいなあと思うが簡単ではない。
 ぶたぶたは見た目はかわいいしなんでもできるようだけれど、彼とて万能ではない。人にいい顔ばかりしているわけではない。人に厳しくもするし、嫌な顔もすれば、困った顔も。そして自分でも悩んだりもするのだ。人間と変わらない生きる上での悩みもあれば、ぬいぐるみだからこその悩みも。ぬいぐるみだから、けられたり、踏まれたり、摑まれたり、連れ去られたり…数知れない憂いもあるだろう。けれど彼はそれを受け入れ飄々と生きている。そして基本的には幸せそうだ。かわいい外見からは想像できない、渋い声の中年男(40代?)。かわいさとのギャップも面白さの一つ。シリーズの一冊一冊でぶたぶたは実にいろいろな仕事についている。中でも彼をあらわすに一番の特長といえるおいしいものへのこだわりと才能。思わず本に出てくる食べ物を食べたくなるのである。著者の矢崎さんも無類のおいしいもの好きのようだ。
 もしも…ぬいぐるみが口をきいたり動いたりしたら…というのは子どもの頃の夢。こんなに自由に動き回られたらとりこになってしまうじゃないか!と怒りながらも、次々とシリーズを読み漁る私。子ども時代にこんなお話があったらそれこそ時間を忘れて読んだだろう(今もだが…)。シリーズがこれだけ出ているということは、こういうお話が好きな大人が意外に多いということか?!ちなみに現在出ている文庫のぶたぶたシリーズは全部で二七冊ある。(文:やぎ)