この数年、精力的に本を出している三谷さんの新著だから期待してページを開いた。副書名が「問題史的考察」となっていて、目次を見ると@なぜ日本に政党政治が成立したのか、Aなぜ日本に資本主義が形成されたのか、B日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか、C日本の近代にとって天皇制とは何であったか、D近代の歩みから考える日本の将来、という5章からなっている。歴史の大きな流れに着目して、歴史上の出来事の意味をあらためて考えることの必要を説いている。小さい本だが新しい着眼点が提示されているうえに、著者の言うとおり頭を整理するのに大いに有益な本だ。
新しい着眼点のひとつは森鴎外の「史伝」の評価である。「史伝」のことは著者の別の本ですでに触れられていたが、私は三谷さんの指摘によって初めて「史伝」の意味が納得できた。三谷さんの言葉で言えば幕末維新の「政治的公共性」の前段階としての「文芸的公共性」の存在のことである。これに関連して、獄中の尾崎秀実が『北条霞亭』を読んでいたこと、そのことに触れた宇野浩二の一文のこと、「そのコピーは今井清一氏から供与されました」などこれまで読み過ごしてきたことや、関わりあるできごとの記述などを興味深く読んだ。もう一つは経済史的観点からの章、「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」で、金解禁」を実行した井上準之助の仕事の背景と意味が説得的かつ簡潔に述べられていた。
「あとがき」を読むと、本書についての興味はいや増しに増した。著者が大病した時に読んだ漱石の「思ひ出す事など」の記述に触発されて本書を構想したと書かれていたからである。(文:宮) |