アーカイブス
「この本おもしろかったよ!」
1ヶ月に約1冊のペースで朔北社出版部の3人がお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

中華人民共和国史十五講 
(ちくま学芸文庫 2014)



王 丹/著
加藤 敬事/訳

筑摩書房


 1984年の天安門事件の学生リーダー王丹が執筆した中華人民共和国史である。王丹は天安門事件で逮捕され、2度の獄中生活を経てアメリカに亡命、ハーバード大学で歴史学を修め、現在は台湾で教鞭をとっている。一読、きわめてオーソドックスな書きぶりの読みやすい通史である。読みやすいが、しかし、予備知識が多少無いと理解出来ないとも思った。どのくらいの予備知識が必要だろうか?こんなことを考えるのは、歴史知識・歴史認識の継承の難しさを日頃痛感させられることが多いからである。
 本書はときに大胆に筆者の評価、感想をはさんでいるが、それでいて自己の判断を押しつける風はまったく無いので、柔軟な頭脳を感じさせる。
 当事者の回顧録の類を巧みに利用しているので臨場感があってしかも根拠がわかる叙述となっている。現代中国を理解するために有益な知識を提供してくれる。
 それにしても、革命とはなんと巨大な犠牲を生み出すものなのかと言う感想がふくらむばかりである。中国革命の中心人物毛沢東は、権力の行使、政策の実行、意志を貫徹するために、暴力をもっとも効果的に使うことにまったく躊躇するところのない男である。建国以来の犠牲者の数は8000万人に達するという。大きすぎて実感が湧かない。
 「大躍進」政策(1958〜1961)の失敗で4000〜4500万人の餓死者が出たという。当時の日本の人口(1960年の人口:9400万人)の半数近くが餓死したと想像すると、これはとてつもない政策であった。農業生産は暴力に脅迫され、保身のための数字いじりが横行して、巨大な水増し報告が積み上げられた。その水増し生産量に基づいて農産物が集められ輸出されたから、農民のもとには農産物が残らない。それでも事実が報告されることはなく、農民に残された道は餓死することだったという、信じがたい歴史である。
 反右派闘争というのも、「知識分子」にたいする理不尽としか言うほか無い弾圧で、数多くの知識人が自殺に追い込まれた。死ぬよりほか道がないというのは「文化大革命」も同様である。 そして直接・間接をとわず「文革」中に被害を受けた人は1億人以上に達したという。「文革」は経済面では建国後30年間の基本建設投資の80%の損失を出した。これは30年間の全国の固定資産の総額をこえているという。
 我々が新聞・テレビで事件の表層を知ったときに、我々には見えないところで、人々がどれほどの苦悩のなかに生き、死んでいったかを改めて思わざるをえない。
 本書の最大の読みどころは、やはり天安門事件の記述である。北京大学1年生だった王丹は学生の先頭に立って活動したが、このときの運動の特徴は終始非暴力を貫いたことであろう。学生が秩序ある行動をとっているなか、いよいよ軍隊と衝突する直前に大学の教授団が、学生を犠牲にはさせないと座り込みの先頭に自分たちの場所を取ったこと、さらに北京市民が教授・学生等知識人は国の将来に欠かせない人材であるからと教授団の前に座り込むという情景が描かれている。ここを読んで私は丸山真男が天安門事件の非暴力の抵抗を高く評価していたことを思い出した。政府の弾圧行動について丸山がどこまで予測していたかわからないが、天安門事件の中国歴史における意味を的確に掴んでいたらしい丸山真男に感心した。天安門事件は実にいいところまで言っていた。共産党トップの趙紫陽は学生と話し合って解決する意志を持っていたが、最高実力者と言われたケ小平によって解任されてしまった。非暴力運動を軍隊を繰り出して凄惨な弾圧を実行した中国の権力者のことは、李鵬の策略を軸に活写されている。
 中国の国内状況を注意深く観察することが大切であるとあらためて痛感したが、折しも香港では民主化を求める学生の道路占拠・座り込みが行われている。非暴力の原則に立ってねばる強く行動している姿は、即25年前の天安門事件を想起させる。どんな結末になるのか、ハラハラしてニュースを見ている。(文:宮)