悪名高い「ノモンハン戦争」(通常「ノモンハン事変」といわれているが、この本では「戦争」といっている)について、じゅうらいの諸書とは違うアプローチで、読者の頭脳をいたく刺激する。
著者の田中さんがいうように、じゅうらいのノモンハン戦争本は、日露戦争当時とあまりかわらない旧式装備の日本軍が、近代化されたソ連軍にいかに苦しめられたか、そしてその戦闘の経過に現地日本軍首脳の拙劣かつ無責任な指揮がいかに関わっていたかを論じていた。それにたいして、この本はこの戦争の背景に現地モンゴル人の、自由と独立を志向する意志、運動があったことをおさえた。すると戦争の性格、意味がガラリと変貌する。戦争はモンゴルと満州国の国境線をめぐっておこなわれ、戦争の結果、モンゴル側の主張がとおって、東西20キロ、南北70キロほどの地帯がモンゴルのものとなったといわれる。それがもし日本軍が勝っていれば、その領土は今日の中国のものになっていたはずなのだ。当時も現在もかわらぬ複雑な国際関係とそのなかでおきたことが作り出す意外な結果のひとつである。
モンゴル民族は、ソ連、中国、日本という大国にかこまれ、そのなかで、いかに独立をかちとるかに腐心していた。そして莫大な犠牲を長期にわたり払い続けた。しかし苦しみ続けたすえに、ソ連の衛星国だったモンゴルは、20年ほど前にようやく真の独立をかちとった。中国と満州の関係や、チベット、新彊ウイグル地区などに生活する少数民族の運命についても考えさせられる本だ。
満州国についても、モンゴル人は一時おおきな期待をもっていたし、オーウェン・ラティモアがおなじく、満州国に期待をよせていたなど、意外な事実も紹介されている。(文:宮) |