池上冬樹さんが朝日新聞に書いた「緋色の迷宮」の紹介を読んで買う気になった。そこで触れられていたクックの前作3冊のうちの一作である。クックについて池上さんはつぎのように書いている。すこし長いが引用する。「誰にでも偏見はあるけれど、僕の偏見を一つだけいわせていただくなら、トマス・H・クックを知らない人は小説ファンではない。トマス・H・クックを読まずして現代小説を語ることはできない。・・・複雑巧緻なプロットと切々たる哀愁の人間ドラマで読者を圧倒する。ミステリのファンのみならず純文学のファンをも満足させるし両方の分野においても、クックほどの小説巧者は数えるほどしかいない。」私は小説ファンではないから見過ごせばいいのだろうが、この一説に誘われて「緋色の記憶」を読んだ。小説の世界に没入して、読み終わってから池上さんの意見に納得した。アメリカの小説だが、私はドストエフスキーを連想した。そして考え抜かれた筋は現代作家の手になるものだが、読者を掴んで離さない筆力には感嘆した。本書は小さな村の高等学校を舞台にしておこった新任女教師の悲劇を老弁護士が回想するかたちで語られるが、粗筋を書くことはしない。とにかく池上さんの偏見を信頼して読むことをお勧めする。(文:宮) |