学生時代以来、ベートーヴェンは最も心酔し、よく聴き、よく読み、馴染んだ作曲家である。そのベートーヴェンに<不滅の恋人>といわれる謎の女性がいたことは当然のことながらよく知っていたが、誰が<不滅の恋人>なのかは不明のままで、自ら追求することはなく今日まで来た。そこにこの青木やよひさんの本を教えられて読んだみたら、誰が<不滅の恋人>なのかは、すでに解明されていることが判った。本書は、歴史的事実を探求する方法の見本のような本である。それはいたって単純なことで、過去に主張されているさまざまな説について、現在残っている資料を改めて読み直し、判っている事実を時間的に整理する。そのうえで、関連する事実を確認するために、さらに適切な資料を探し出し、既存の資料とつきあわせる。二次資料ではなく、つねに生の資料に当たる。これを文字通り実行すると、たとえば当時のホテルの宿泊者名簿や警察の旅行者リストを見るためにドイツにまで出かけなければならなくなる。結局青きさんは生涯をかけて<不滅の恋人>を探し出した。以上のことが、おさえた筆致で、しかし面白く書かれているのが本書である。
<不滅の恋人>のほとんどの肖像が残っているが、これは彼女らが貴族の出身であったり、富裕な商人の子供であるためで、当時、絶大なる名声と人気のもとにあったベートーヴェンの生活の一端をかいま見ることが出来る。作品のいくつかは当然のことながら彼女らとの関わりのなかで作られており、本書を読むとベートヴェンが猛烈にききたくなります。(文:宮) |