岩波文庫の1冊。解説によると漱石が残した俳句は約2600句で、本書には840句が収録されている。若いころ、子規に誘われて、作句に熱中した時期もある漱石だが、小説や漢詩に比べると、俳句には軽い評価しか与えられていないかもしれない。私の記憶に残っているのは、嫂が亡くなったときの連作「朝貌や咲いたばかりの命哉」「細眉を落とす間もなくこの世をば」「君逝きて浮世に花はなかりけり」「骸骨やこれも美人のなれの果」「何事ぞ手向し花に狂ふ蝶」「聖人の生れ代りか桐の花」「今日よりは誰に見立ん秋の月」の諸句や、小説を書き始めた頃まだ学校で教えながら、当時のことだから頻繁に手紙を書いているのだが、その中で弟子の野村伝四やら小宮豊隆やらに誰憚ることなく怪気炎をあげてるときの「無人島の天子とならばすずしかろ」とか、たしか狩野亨吉に会うために京都へ行ったときの句「春はものの句になりやすし京の町」などだ。漱石の俳句は、なによりも自由に駆けめぐる目と、一瞬の姿を鮮やかに捉える豊富な語彙がつくりだす、軽やかな世界が特徴か。この世界を200ページほどの薄い文庫であじわえるのだから有り難い。(文:宮) |