年のはなれた2人の男女のはなし。一杯飲み屋で70歳ぐらいの元高校の国語教師と、元女性徒が再会して、その後、その飲み屋でときどき会う。
飲み屋での折り目正しいつきあいを重ねて、2年ほどしたとき老教師が「恋愛を前提にしたおつきあい」を申し込んで、あと3年ほど共に生きていく。小説はその間のごくたんたんとした日常生活をいくつか描いている。
文庫本の解説で、哲学者の木田元が、川上弘美のことを、軽々とポストモダンに身を置いていると言って感心している。私には川上弘美がポストモダンなのかどうか判断する能力がないし、また、この作品ひとつで、その種のことをどうこう言えるわけもない。描かれている世界は心乱されずに読み進むことができるし、それでもこれもひとつの現実世界だと得心させられる。
飲み屋がくり返し描かれているが、やかましい音楽も聞こえず、人々の騒がしい喧噪もなく、べたべたした心理的葛藤もない。夏の夕方にさっと吹くさわやかな風みたいな感じが残る。
登場人物もほとんど2人だけといっていいぐらいだし、生活の臭いはしないのだが、それでもたしかに現代に生きている人たちが描かれている。
日経新聞に連載されていた随筆を愛読していたので、川上弘美の小説とはどんなものかという興味にかられて読み始めたのだが、小説をあまり読まない私には、いまどきこんな静穏な世界をこんな平明な文章で描き出す小説が存在するのだという驚きと喜びが残った。(文:宮) |