「この本おもしろかったよ!」

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1ケ月に約2冊のペースで朔北社の社長である宮本と出版部員のお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

編みものばあさん 編みものばあさん

ウーリー・オルレブ/作 オーラ・エイタン/絵 母袋夏生/訳

径書房

ちいさな町にひとりやってきたおばあさん。家をさがすが、見つからない。そこで、持っていた編み棒で、いろんなものをつくりはじめる。まずは、あたたかいスリッパとじゅうたん。それから、ベッドにシーツにおまる。雨風を防ぐ家まで。庭の草木も花もすべておばあさんのお手製。そして、さいごにかわいらしい男の子と女の子を編みあげた。心も丁寧に編み込まれた子どもたちは、泣きもすれば、笑いもするし、いたずらもする。人間の子どもと変わらない。しかし、町の人は、編みものの子どもを毛嫌いする。学校に来ることを拒まれて、おばあさんは怒る。そこからの行動力はものすごい。編んだ車で学校に乗り込み、編んだヘリコプターで町役場に乗り込む。一方で、おばあさんの編みものの家の周りには、人垣ができる。一目「編みものの家」を見ようと、小さな町に国中から人が押し寄せ、おえらいさん方はそこに目をつける。おばあさんの家を観光資源にしようと柵で囲んでしまうのだ。しかし、怒ったおばあさんは、家も子どももすべてほどいてしまい、その町を去った。
ほぼ一色の落ち着いた作風。絵柄も毛糸の質感、編み目まで細密に描かれている。車もヘリコプターも編んでしまうおばあさんだが、人を攻撃するものは編まない。一方で、町の人は、編みものの家を柵で囲んでしまう。「編みもの」に対して、無機質で攻撃的な象徴のように感じる。
作者は、ポーランド生まれのユダヤ人。裕福な医師の家庭に生まれるものの、第二次世界大戦中、ナチスによってゲットー(ユダヤ人居住区)に隔離され、軍医だった父はソ連軍の捕虜に、母はナチスに殺される。やがて作者も強制収容所に送り込まれるが、生き延び、終戦後、弟とふたりイスラエルに渡る。この時14歳。のちに、児童文学作家となり、体験に基づく作品を多く発表する。著者の生い立ちについては、自伝的作品『砂のゲーム』(岩崎書店)で知ることができる。強靱な生命力でホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を生き抜いた著者の姿はそのまま、身勝手な町の人たちに一人で毅然と立ち向かうおばあさんに重なる。
人と同じ心があるのに、理不尽な迫害を受ける編みものの子どもたち。彼らが、おばあさんによってほどかれてしまうのは切ないが、町を去ったあと、おばあさんはどうしたか。ラストは、作者の望みと優しさが垣間見える、希望を感じる展開。人の敵は人であり、人を助けるのもまた人であることをさりげなく謳っている。(文:かわら)