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吉田茂とその時代

ジョン・ダワー/著 大窪愿二/訳
TBSブリタニカ
23年前に出た本だが、いま改めて読む意義のある本だ。ダワーの学位論文だそうだが、丹念な調査をふまえた本で、バランスのとれた叙述は訳書名通りに「吉田茂とその時代」をきちっと描いている。印象に残ることが2つある。

ひとつは戦後日本の骨格を決め今日の経済的繁栄の基礎を作ったとして、引退後に高く評価されている吉田茂の政治的思想・行動が、すでに第2次世界大戦前に幕をおろした彼の外交官時代の経験に深く根ざしたものだということである。個人の経歴を考えると、首相になったときすでに70歳近かったわけだから、その思想と行動がそれまでの経験に強く規制されていることは当然のことだろう。それは一言で言えば、帝国主義華やかなりし頃−−−19世紀末から20世紀初頭にかけて−−−の国際環境の中で、日本の安全をいかに守り国益増進をいかに図るかを考えたときに、範とすべきは大英帝国の実利を重んじる現実主義外交であるということだ。当然イギリスと手を握りたかったわけだし、事実日本を安定的国際関係においてくれた日英同盟の時代もあったが、吉田茂の外交官時代には、軍部の専横のため吉田は思うような外交関係をイギリスとの間に築くことはできなかった。彼はイギリス外交当局からも軽んじられる始末で、結局すでに戦前において外交官生活を事実上終っていた。しかし、その後敗戦までの間の反軍的言動が、結果的に戦後彼を政治の中心に押し上げることになった。

マッカーサーを頂点とする占領軍による戦後改革の計画と実行に関して、吉田は多くの同意できない問題があるにもかかわらず、GHQと巧みにわたりあい、戦後日本の骨格を作るのに中心的役割を果たすことになった。その際彼を動かしていたのは若かりし頃から持ち続けていた国際政治観であり、戦前戦後をきっちり区切って考えがちな我々にとって、その連続性は興味深い。

印象に残ったことの2つ目は、戦後日本の安全保障について、東アジア戦略における日本の役割をふまえて強力な軍備増強を要求するアメリカに対して、吉田が硬軟とりまぜて抵抗し続けたことである。彼はいわゆる軽武装経済中心主義の政治運営を続けた。もちろん抵抗といっても不完全なもので、軍事力は警察予備隊から保安隊へ、保安隊から自衛隊へと成長していく。これを一部の保守勢力が熱心に支援したことも事実である。しかし、たとえば陸上兵力35万人の要求に対して、11万人で答えるという具合いに、あくまでスローペースの増強にとどめた。経済への過重負担を避け、さらに国民の戦争体験にもとづく平和志向・非軍事思想を適確に読み取っての判断である。その代償が、憲法解釈の詭弁的変更である。いまから考えると、これは一貫して軍事力中心の東アジア戦略を前提に考え行動しているアメリカと対照的である。

今日の日本について考えるとき、この日本がどんな経路を通ってきたのか本書を読んで知ることができる。(文:宮)