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(表紙は上巻です)

ゾルゲ −引き裂かれたスパイ− 上・下

ロバート・ワイマント/著 西木正明/訳
新潮社
(新潮文庫)
ゾルゲといえば国際謀報団だの二重スパイだのとまがまがしいイメージがある。リヒアルト・ゾルゲは実際にはどのような人物だったのか。大戦末期に首謀者と目されたゾルゲと尾崎秀実が絞首刑に処せられた国際スパイ事件とはどんなことだったのか。このような疑問に適確に答えてくれるのが、イギリスのジャーナリスト、ロバート・ワイマントが書いた本書であろう。
ドイツ人の父とロシア人の母との間に生まれたリヒアルド・ゾルゲが、数度の負傷を含む第一次世界大戦の経験をへて共産主義に加わったいきさつ、スメドレーと出会った上海時代、昭和8年9月の来日以来の活動、すなわちドイツ大使の絶大な信頼をかちえてのち大使館を根城にした情報活動、尾崎秀実を始めとする日本人協力者との関係、大使夫人、三宅花子、エタ・ヘーリッヒ=シュナイダーなどとの女性関係、昭和16年に活動が露顕して逮捕され、昭和19年11月刑死するまで、本書は、いわゆるスパイ活動だけでなくゾルゲの生の人間像まで、きめ細やかに描き出している。膨大な資料の使用と関係者からの証言によって、ゾルゲの類まれな能力と魅力が伝えられている。1930年代は日本のみならず国際政治経済の面でも文字通り激動の時代で、多くの知識人・若者が渦にまきこまれた。ハーバート・ノーマンしかり、尾崎秀実しかり、ゾルゲしかり。
国際情勢との関係は本書ではバランスよく取り扱われていて、ゾルゲたちの活動の意味がよく理解できる。
1930年代に始まるスターリンの大粛清にまきこまれて、献身的な活動が充分に酬われることなく刑死することになり、さらにロシアに残した妻がシベリア流刑にされて若くして命を落とすなど、スパイの悲しい生涯が心に残る。(文:宮)