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(表紙画像は1巻です)

菜の花の沖(1〜6巻)

司馬遼太郎/著
文藝春秋
(文春文庫)
有名作家の命日には名前がついていることがある。太宰治の「桜桃忌」、三島由起夫の「憂国忌」、司馬遼太郎の「菜の花忌」など。
菜の花忌は本書「菜の花の沖」に由来するのだろうが、さもありなんと思わせる。主人公高田屋嘉兵衛は司馬氏が最も評価した江戸時代の人物であり、文庫本で全6冊ある長篇は司馬氏の代表作の名に恥じない。
高田屋嘉兵衛は江戸時代後期淡路島の貧しい家に生まれた実在の人物で、生地を飛びだして苦労の末船頭になる。単なる船頭で終わらずに船持ちの商人として全国を股にかけて活動する。本書には、当時の商人の活動、造船業や海運業の実態など、歴史上の面白い事実が沢山つめこまれている。
船頭として商人として成功した嘉兵衛は、人生の後半で蝦夷地開発に携わることとなる。その過程で南下してくる大国ロシアと遭遇する。あげくにロシアにとらわれの身となってしまう。当時、幾度か日露間で接触・衝突があった。「日本幽囚記」で有名なゴローニンの事件もその一つで、嘉兵衛もその渦に巻き込まれたのである。司馬氏は、文庫本の一冊を割いて当時の日本とロシアの政治・社会・経済状況に触れ、日露関係の背景の事情を解説してくれる。幕府や松前藩の役人たちの仕事ぶりなど、血の通った人物が描かれている。その中には最上徳内や近藤重蔵など歴史に名をとどめた人々も登場する。いまに変わらぬ日本人の外国人観や、思考のパターンなど、現代の日本外交のことを思わず連想してしまう。
ロシアにとらえられた嘉兵衛が、ロシア海軍と幕府の間に立って、平和裡にゴローニン解放に辿りつくまでの紆余曲折が、司馬氏の周到な筆づかいで余すことなく描かれている。(文:宮)