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ブッシュの戦争

ボブ・ウッドワード/著
伏見威蕃/訳
日本経済新聞社
本書がベストセラーに名を連ねているのを見た。3月20日にイラク戦争が始まったのだから当然かもしれない。しかし、本書は決していい加減な読み物ではなく、周到な取材に基づいて書き上げられた。
ボブ・ウッドワードといえばカール・バーンスタインと共に30年前のウォーターゲート事件の調査報道でよく知られている。当時のニクソン大統領は結局辞任に追い込まれたが、田中角栄元首相を逮捕するに至る立花隆と児玉隆也の「田中角栄研究」(文芸春秋)とともに、調査報道の威力をあらわしたものとしてわれわれがよく記憶していることである。

本書は9.11同時多発テロ事件以後100日間の(途中でアフガニスタン攻撃が始まる)アメリカ政府中枢の動きを刻明に追跡、記録したものである。事件直後からブッシュ大統領の発言は単純な善悪二分論にに立脚している。これはずっと変わらない傾向である。イラクを攻撃することは、事件直後から主要テーマになっている。ラムズフェルド国防長官らは繰返しテロリズムとその支援者(個人、団体、国家を問わず)を同時攻撃すべきだと主張してきた。アフガニスタンで対テロ戦争の第一としてアルカイダやタリバンを攻撃したのは、攻撃の手順としてまず的を絞るべきだという意見が採用されたからにすぎず、いずれはイラク攻撃が行われるべき事は自明のこととして語られている。事件以来アメリカ政府は戦時内閣と呼ばれ、100日間に実に50回以上の国家安全保障会議が開催された。戦争以外眼中になしとすら感じられる。議論されているのは誰を相手に戦争するのか、どんな戦争をするのかと言うことである。政府機関をあげて情報が集められ、政戦略が練り上げられていく。
大統領と内閣メンバーとの関係も注目に価する。両者は仲間として対話するのではない。大統領は国家の最高権力者であり、軍の最高司令官である。その立場を常に充分に尊重する形で議論が進められ、そのような仕組みの中で大統領はふさわしい決断を下すことになる。形はそうだが、目標は最初からはっきりしているし、目的に到達する手段も疑問の余地はない。大統領は権威をもって決断する。

本書から読みとれることのひとつは政府首脳が目的に関して全く疑問を抱いていないことである。目的はテロリズムとその支援者を討ち滅すことである。これは9.11直後から自明のこととされ、テロリズムが何故起きたのかは問われていない。「邪悪極まるテロリズムは滅さるべし」は微動だにしない。
この本から何を読み取るべきかはともかく、アメリカの戦争に関わる政策決定過程が実に生々しく記録されおり、一読に価する。(文:宮)