「この本おもしろかったよ!」

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ウィーン・フィル 音と響きの秘密

中野 雄/著
文藝春秋
(文春新書)
ウィーン・フィルについての本は掃いて捨てるほどあるのだろうが、「丸山真男音楽の対談」の著者である中野雄さんの新著というので,意気込んで読んだ。それに、掃いて捨てるほどあるかもしれないが、読んだことのある本はごく僅かしかない。
まず、目次をみるといかにもありそうな構成で、「さて、どんな本かな」となかば警戒しながら読み始めた。読み始めてすぐに分かったことは、余計な警戒や先入観などが、すっかりけしとぶ面白い読みものだということである。
プロローグで「良い指揮者とは」と題して、オーケストラと指揮者の関係に焦点を当てながら、実は音楽のいろんな側面を巧みな文章で解説していく。レコード・プロデューサーとしての仕事を通して知遇を得た多くの著名な音楽家の談話を上手に織り込みながら、話は進む。
話は指揮者から始まるが、その中にベートーヴェンの第5交響曲「運命」の出だしについて語った。ウィーン・フィルの首席ヴィオラ奏者ルドルフ・シュトレングの「大切なのは音ではなくて気持ちを合わせること、オーケストラ全員の気持ちが一つにまとまって、それが音として表現されるのでなかったら、立派な音楽にはなりません。」という話が出てくる。「気持ちを合わせるって、具体的にはどう棒を振るんですか?」という著者の問いに対して、シュトレングは「あの冒頭の、三つ並んだ八分音符を弾く前に、私達楽員に『弾きたい!』って溢れるような演奏意欲を掻き立ててくれなくちゃダメです。丁度満々と水を湛えたダムの水門を開けて、一気に放水するときのような感じ」と答える。指揮の真髄が「オーケストラを自発的に歌わせる」ことにあると見抜いたニキッシュとフルトヴェングラーの話とか興味津々のエピソードが次から次に繰り出されてくる。
それから、音楽通に必ずしも評判の良くないカラヤンについて処世上の悪評をもおさえたうえで、なおかつレコードの歴史の上に残した偉大な功績をきちっと評価してることも、この本の良いところであろう。
とまれ、クラシック音楽に興味のある人が読めば、面白いというだけでなく幾多の有用な知見を獲得できる本である。(文:宮)