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ソ連が満洲に侵攻した夏

半藤一利/著
文藝春秋
(文春文庫)
1945年8月9日−長崎に2発目の原爆が投下された日−−−ソ連軍が関東軍の護る満洲に侵攻した。総兵力157万という大軍である。この侵攻によって、当時約150万人はいると推定される在住日本人が、地獄の苦しみを味わうことになった。このうち約18万が亡くなったとみられている。本書の中にも書かれているとおり、その人々は数百人規模の集団自決からソ連軍による虐殺まで、目をおおいたくなるような悲惨な死に方をしなければならなかった。半藤さんの本は、8月9日のソ連軍侵攻に焦点を絞ってはいるが、むしろその前後の日本政府、関東軍、ソ連政府(特に当時の最高指導者スターリンの思惑)、アメリカ政府のさまざまな動きを記録に基づいて描き出している。
1945年のソ連軍侵攻は、60年近く前のことだが、読みながら、今の日本の状況、政治家や官僚の動きとダブって見えてしかたがない。半藤さんはもちろんその事に充分気付いておられるだろうが、あえてそのことにはふれていない。あくまで、当時の状況とその中で誰が何を言い、どう行動したかを冷静な筆致で書き綴っている。『ノモンハンの夏』は軍首脳の無責任と無能を描き出して余す所ない作品であり、半藤さんの怒りがはっきり表現されており、それが否応なく読者にも伝わってきた。しかし『ソ連軍が満洲に侵攻した夏』では怒りの表現はきわめて抑制されているために、責任ある位置にあった当事者たちの無責任、無能力と、他方でそれにからめとられて、地獄の責苦をなめることになった人々の悲劇が、かえって強く伝わってくる。
この本は、ソ連軍の満洲侵攻がどういうことであったのか、その概要と、意味するものを知るために、有益な本であることはもちろんであるが、結果として現地でどんなことが起きたのか、歴史的事件の具体的な姿かたちを知るためにも一読に価する本だと思う。(文:宮)