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9.11 アメリカに報復する資格はない

ノーム・チョムスキー/著 山崎淳/訳
文藝春秋
(文春文庫)
この本は2001年9月11日ニューヨークとワシントンを襲った同時多発テロについて、事件発生後1ヶ月前後の間に、著名な言語学者で、ベトナム反戦などで知られるチョムスキーがいくつかのインタビューに答える形で明らかにした見解を、1冊にまとめたものである。薄い文庫本だがなかみの濃い本である。
チョムスキーの見解を単純に要約すれば、アメリカこそが長年にわたるテロ国家だということである。このことを簡潔な形で、事実に基づきながら説明している。提示されている死者の数などデータについては100%信頼できるかどうか留保したいが、本書は感情的な反戦論ではなくて事実を素直に観察した結果として、アメリカが世界最大のテロ国家たる所似を明らかにしている。
この本を読むと、われわれはこれまで、かなり一面的な情報をきかされていたと改めて知らされる。国際関係については、持続的な情報の収集と分析が不可欠だという単純な事実に帰りつく。これがないまま、大事件が起きると事件の大きさに幻惑されて適確な判断ができなくなる。9月11日のテロ事件では死者の多さと事件のショッキングな形によってわれわれは、一瞬わけが分からなくなり、事件を理解することができなくなったが、一方、ブッシュ大統領の「テロに対する戦争」という激しい発言には、これを理解しなくてはと思わされたりした。しかしあの事件のように周到に計画され準備された犯罪が理由もなしに存在することはありえない。事件には原因や理由がある。その理由を、チョムスキーはアメリカの過去数十年にわたる対外政策、軍事行動を事例としてとりあげ、その多くが明らかなテロ行為であったと指摘している。テロ行為の累積が世界各地の住民にアメリカのイメージを形成させ、反米行動を準備させた。
チョムスキーが指摘しているもう一つ重要なことは、テロに対する政策・行動の基準を、アメリカは他者(国)に対して適用しているものを自分には適用しないことである。この自分勝手な考え方をチョムスキーはいとも単純に指摘している。単純なことを単純なこととして見ることができないのは問題である。チョムスキーは言語学者だが、政治問題にも適確な分析能力を示している。ひるがえって、事件直後の日本のマスコミに出た日本の専門家(歴史学者、政治学者、外交官など)は、専門領域の知識とアメリカとの間に作り上げてきたしがらみにからみとられて、適確な分析ができなかったと思う。
本書は、事件の原因を考えるために頭を整理し、かたよった情報を中和することができる価値のある小著である。(文:宮)