「この本おもしろかったよ!」

アーカイブス

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

幕末気分

野口武彦/著
講談社
今日只今の日本と幕末を対比してみたくなる気持ちは多くの人のものだろう。状況と気分がよく似ている。
本書は幕末期の七つの事件を通して、二百六十余年続いてきた社会の崩壊の断面を鮮やかに描いている。(1)長州征伐で大坂に出張した旗本役人の話(2)「妖甲斐」と呼ばれた鳥居耀蔵の話(3)大老 井伊直弼の懐刀長野主膳の話(4)東海道四谷怪談を上演していた大坂の芝居小屋の話(5)徳川慶喜の大坂逃亡事件(6)幕府が作った洋式歩兵の話(7)上野彰義隊の戦い
幕末というと「尊皇攘夷」「大政奉還」など政治・外交の動きに目を奪われがちだが、社会のさまざまな断面を視野に入れて見直すと、ずい分ちがった姿が現れる。しかも、史料をして語らしめるという書き方なので、それぞれが生々しく、今日との共通性もあずかって幕末が実に親しいものとなる。
政治の動きを芝居にみたてる泰平に慣れた旗本八万騎の無能力、役人の役得追求(腐敗)、家康の再来などと言われた慶喜の腰抜けぶり。知識としては知っていたことも多いが、新しい光の下で見ると何とちがってみえることか。野口さんの幕末維新史を読んでみたい。
それから歴史のifの問題。現代の官僚の生態とダブってみえる旗本役人の無気力、腐敗ぶりひとつをとってみても、幕府崩壊は不可避であったと考えられる。しかし、鳥羽伏見の戦いで慶喜が逃げ出さなかったら、どうなっていたか。本書は知的刺激に満ちた歴史読み物である。(文:宮)