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山で一泊

辻まこと/著
創文社
 画家であり、詩人であり、山屋であった辻まこと。多くの画と文を遺しているが、生前に出した本はわずか4冊。そのうち3冊は山について書かれたもので、これもウラヤマと称し奥日光や秩父の山を歩いた話を収めた短編集。
 「・・・自分のめんどうもおっくうになるような工合で、とうてい同行者の世話をしたりされたりする煩に耐えられない・・・」という著者は一人旅を好み、ほうぼうの山を歩き回った。今ではすっかり観光地となっているが、まだ登山道が整備されていなかった当時の榛名山周辺や世界遺産に指定された白神山地にも足跡を残している。
 「・・・しかしながらボクの山旅は仲間なしには済まされない。一人旅というのは見掛けだけで、むしろ一人の方がよっぽど仲間の世話になり、それに頼ったりしているのだ。」 一人だが、常に仲間を感じ、自然と対話する。それが画や文に表れている。単独行者のようなストイックさを感じないのは、孤独という環境に浸っていないからか。そこに親近感がわき、何度も読み返してみたくなる。
 あとがきのエピソードもまたいい。友人から譲り受けたペットのイヌを山小屋の夫婦に譲りに連れに行ったときの話だが、さんざん無能凡才とけなしていたイヌが、山中での野宿で野生にめざめ、キビキビと精悍な顔立ちになった。その様子は、空海の悟りを思わせたというのだ。ヒマラヤではなくウラヤマの一泊にその空海の知慧があることを、そのイヌに教わったという。
 山で一泊・・・辻まことのやさしい視点と静かな対話。その強い洞察力に教わるところは大きい。(文:かわら)