「この本おもしろかったよ!」

アーカイブス

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

スロー・イズ・ビューティフル
遅さとしての文化

辻信一/著
平凡社
自分の好きな本を読んだり、好きな音楽を聴いばかりいると、10代の頃のように新しいことに目を向けようという気がだんだん無くなって来ていることに気づいた。
それではつまらないので最近は、人から「おもしろかった」とか「よかったよ」と教えられた本やCDを買ったり、借りたりしている。この本もその中の一冊だ。

学生から社会人になり、いつもなんだかせかされているような、自分をせかしているような生活をしていることに気づく。スロー・イズ・ビューティフルという本を知人に借りたときすごく響きのいい言葉に出会った気がした。

常々私もいまの生活に、これでいいのかと思っていた一人だった。今もそれはかわらないが…。加速する便利と呼べる時代に、なんの文句があるのかと思うかもしれない。けれども車や電車で簡単にいける場所になぜ歩いて行くのか。又は自転車で行くのかということだったりするのだ。実は早さのあまり見落としていることも沢山あるのだということである。事実ゆっくり路地などを歩いていると、あんなものがあったのかとか、知らなかったものが身近になったりすることがあるのだ。なかなかいいものである。

物を買うときなども、安さと生産のスピードが連動して動いたりするので、ついつい安いものに流れてしまうのが常ではあるのだが、実は職人の手できちんと作られたものの方が実は何時までも長持ちしたり、直しがきいたり、高かったし大切にしようという気持ちが生まれて、ちょっとやそっとじゃあゴミに出そうなどとは思わなくなるような気がする。
もちろん全てを否定するわけではないし、その生活のなかで救われることも多いのも事実だ。でもはっきりいえるのは、私自身は、必要に迫られてあせって間に合わせで買った物はすぐに使わなくなり、悩みに悩んできちんと買った物はいつまでも便利に、時にはお気に入りとして今だ家においてあることが多いということである。

この本の中では食の面、人とのこと、愛することなどいろいろな場面でのスロー・イズ・ビューティフルを語っている。ゆっくりとは、のんびりというのともちょっとニュアンスが違っていて、そこに込められているスピードだけでない物事の細やかな部分が見えてくる。人と人との関わりなどもすぐさま作られる関係というのはあまりに少なく、どちらかといえば、ゆっくりゆっくり歩み寄ったり離れたり、信頼関係を作っていくという意味でスローなものだと思う。仕事でも然りだ。今は見えない結果について「そんな仕事を今するべきなのか」と問われるとする。しかし目前の仕事ばかりしか見えなくなってしまったときには、いつか行き着く場所の展望が見えないものだ。だから今すぐ必要な仕事ではないけれども投資という意味で、なくてはならない仕事を常に探さなければならないのだと思うのである。

例えば営業ならばせっせと営業先に足を運ぶ。それはその時すぐの結果を求めがちだし、自分だってすぐに結果が出なくて落ち込むこともあるだろう。とくに会社という組織の中では短時間で能率よく結果に繋がるに越したことはない。けれどもそれでは、その人は全然仕事のできないヤツというには値しないのだということには気づかなければならない。本当に必要なものが見えている人にはそういった今の無駄が未来の糧が見えている。とにかく焦ってしまう毎日だけれど、少し違う角度からゆっくりと見回したいと思い、この本を読みながらなんだか心が軽くなったのである。(文:やぎ)