「この本おもしろかったよ!」

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夜のある町で

荒川洋治/著
みすず書房
詩人の荒川洋治さんのエッセイ集である。
取り上げられているのは、周辺の人々、作家や本、社会など、この人の目線の先にあるもの。ありがちなエッセイと一線を画しているのは、余計な情報や知識を盛り込まず、始めから終いまですべてこの人の内側から生まれた言葉で書かれていること。つまり、自然なのだ。
ここでいう自然な文章とは、思いつくままにさらさらと書かれたものをいうのではない。自分の内部にあるものをより正確に表現したいという欲求にもとづいて苦心されたものをいう。そこでは言葉どうしがしのぎを削って、選ばれた言葉だけが表面へ浮かんでくる。そうして書かれた文章はしなやかで強い。このエッセイはそんな舞台裏を感じさせないけれど、読む手は行間から感じとってしまう。もちろんこちらの勝手な思いこみであることもあるだろう。しかし、そんな推測をさせる文章だから、素敵なのだ。
たとえばこんな言葉がある。
「いまおとなは、自分のほんとうのよろこびとは何かを考えるとき、大きな状況ばかり想定する。ついうっかり、大きな土俵での自分の姿を、頭に浮かべてしまう」。
「言葉は呪縛ではない。人間のために、目の前にあるものをいとおしむためにある」。
「この国が失っているものは心である前に、まずは言葉なのだということがはっきりしている」。
どれも大切にしたい言葉だ。生身の人間に語りかける言葉を失った社会は、自分としか向き合わない人間ばかり生む。言葉は刺激であり、刺激がないところからはなにも生まれない。言葉のない社会は静かに沈んでゆくだろう。
文章は読みやすいが、一つ一つの言葉に力があるから、読後感は決してさらさらなどしていない。土を耕していい汗をかいたような心地のよい疲労感が残る。
言葉を信じていいのだと自分にいいきかせることができる本。(文:京)