「この本おもしろかったよ!」
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石の花

石の花(全5巻)

坂口尚/著
講談社
(講談社漫画文庫)
一九四一年、ユーゴズラビア共和国スロヴェニア地方の小さな村に、フンベルバルディンクという先生がやってきた。野山を歩くのが大好きだという先生は、小さな生命に対するあたたかいまなざしと、子どものような好奇心をもつ不思議な大人だ。主人公の少年クリロは、反発をおぼえながらも、そんな先生がなぜか気になってしまう。
先生が村にやってきてまもなく、ナチスドイツのユーゴ侵攻がはじまった。鍾乳洞で「石の花」を見た帰り、クリロたちの乗ったトラックが襲撃され、クラスメートは全員死んでしまう。奇跡的に助かったクリロは山へ逃れ、その後、チトー率いるパルチザンのゲリラ部隊と行動を共にする。一方、幼なじみの少女フィーは、強制収容所へと連れて行かれた。

「石の花」は一九四〇年代の旧ユーゴを舞台にした漫画である。戦争をテーマにした漫画はたくさんあるが、「石の花」ほど戦争と人間の本質に迫った作品はないと私はおもっている。「石の花」では、戦争は人間の中からしか生まれず、戦争を乗り越える力も人間にしかないことが、豊富な資料にもとづいて、丁寧に描かれている。登場人物は漫画のお手本のようにたくみに描きわけられ、戦争という大きなテーマを縦糸とするならば、一人一人のエピソードを横糸として、物語を豊かに織りなしている。まっすぐな少年クリロ、心優しいフィー、フィーに最愛の妹の面影を認めつつ、アーリア人以外の人間を殺すのに何のためらいもないナチスの青年将校マイスナー。金もうけしか眼中にないフィーの叔父。気まぐれに見えて正義感の強いスリのミント、本当の勇気とは何かを考えさせるユダヤ人の少年イサーク……。

私にとって、これらの登場人物は、一人の人間としてよりも、一人の人間の中にある、さまざまな部分を擬人化したようにみえる。坂口尚の人物の描きわけが平坦だというのではない。どちらかというと、教科書的すぎるほどたくみに、リアリティをもって描きわけられている。しかし、作者が本当に描いているのは、このさまざまな人物をとおしてみえる、一個の人間の真実のすがたではないのだろうか。「石の花」を読み返すたび私は、何もかもが、一人の人間の中にあるのだということを、思い知らされる。

最後に、この作品をとおして気づいたことがある。それは、戦争について考えるときに、自分が無意識のうちに、過去の出来事として捉えるようになっていたことだ。過去に起きた悲劇をふたたびくり返さないようにしなければ、というふうに。たしかに、日本人という立場で考えたとき、過去に戦争があったということもできるだろう。しかし、戦争を人間の問題として考えたとき、戦争は過去の話ではなくなる。「石の花」はその事実を気づかせてくれた。(文:京)