「この本おもしろかったよ!」
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 エプロンメモ

エプロンメモ

暮しの手帖社/編
暮しの手帖社
小学生の頃、母が定期購読していた雑誌「暮しの手帖」を、私も楽しみに読んでいた。主婦を対象としたその内容は、家事全般に渡って、毎日の暮らしに役立つアイディアを紹介するといったものだった。たまに外国旅行の特集や翻訳小説が載っていた記憶もある。

中流家庭の主婦に受けやすい内容でもあったのだろう。それでも、奇抜さだけを追った他の雑誌のような華美で俗っぽい趣は一切なく、素朴ながら暮らしに密着した落ち着いた趣向の雑誌だった。子どもの私が楽しみに読んでいた一番の理由は、雑誌のデザインに因っていた。画家の花森安治さんのコマゴマとしたペンイラストや写真やレイアウトにも作り手のこだわり、センスが感じられ、類をみないおしゃれな雑誌という印象をいまだに抱いている。

さて、そんな「暮しの手帖」に昭和29年から掲載されていたコラムを単行本にまとめたのが、この「エプロン・メモ」である。たべもの、着るもの、住まい、こども、人とのおつきあい、からだなどをテーマに、暮しの手帖社の編集人たちが、自分で工夫していること、見たり聞いたりして経験したことなどをメモ形式に紹介している。例えば、

○切手の余白・・・・・・切手とおなじに、のりのついたワクの余白の部分、ふつうは、切り離して捨ててしまいます。これを、メモ帳や住所録に変更があったときなどにはります。巾(はば)もちょうど、小まわりがきく大きさで、便利です。
○朝のえがお・・・・・・・前の晩おそくなって、ねむくてたまらない朝は、だれでも仏頂面になっています。さっさと顔を洗って、鏡の中の自分にむかって、ニッコリしてみましょう。ふしぎに、はっきり目がさめて、気持がよくなります。
○椅子を・・・・・・病人やお年よりのいらっしゃる家では、お手洗いのそばに椅子をおいてあげましょう。出てきたとき、ここでひとやすみすると、大へんらくなものです。
○お母さんの写真・・・・・・アルバムをめくってゆくと、家族のなかで、お母さんの写真がどうも少ないようです。(中略)いつでもとれるからという気安さがいけません。毎年お母さんの誕生日には、かならず写すようにしたらいかがですか。そのかわりお母さんも、こんなかっこうじゃあ、などといわずに気がるに写してもらうことです。

こんな具合にメモは続く。その数1159篇。「切手の余白」など、今でいうポストイットのことだろうが、確かにこれは活用できる。椅子も、狭い家なら必要ないと思うが、なんとなく気配りの証しで悪い気はしない。

知らないまま過ごしても何ら支障のない数々だが、「なるほどね」「ああ、そうなのか」「こんなのもあるのか」と、驚いたり納得したり笑ったり、「じゃ、ためしてみるか」と実行することで、フシギと暮らしにちっちゃなゆとりができる。この掲載がはじまった当時は、テレビが一般家庭に入りはじめ、そのうち高度経済成長期を迎え、電化製品が普及し、暮らしはぐんぐん豊かになっていく。それに輪をかけて人々は楽(ラク)を過剰に求めていく。手間いらずは、人をだらしなくするだけである。物質面が豊かになっても、精神面が貧弱になっていってはどうしようもない。エプロン・メモには、手間のかかることも、多少お金のいる工夫も書かれてある。豊かさは人の心持ちによるもの。そうした視点で頁をめくっていくと、ちょっとした気配りと機転で、自分を含む、まわりの人々の気持を豊かにするコツをつかむことができる。

そして、メモの一つひとつに施された花森さんのカット。雑誌のレイアウトと同様に、洒落っけをふつふつと漂わせ、いつもそばにおいて、気の向くときに手にしたくなる、そんな本なのである。(文:かわら)