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 アラスカ 風のような物語

アラスカ
風のような物語

星野道夫/著
小学館
(小学館文庫)

北方の自然に憧れていた少年がある時、夢をつなぎとめた。一冊のアラスカの写真集との出会い。そこに載っていたイヌイット(本文中では、エスキモーと記されてある)の村に魅せられ、キャプションで村の所在を確認し、手紙を送った。イヌイットの生活を体験してみたいという願いを託して。手紙は受け入れられ、著者は19の歳、単身アラスカに渡り、ひと夏をイヌイットの家族と共に過ごす。

"地の果てと思っていた場所にも人の生活があるというあたり前のことに気がつき、人の暮らし、生きる多様性に惹かれていった"著者は、数年後、写真の技術を身につけ、再びアラスカに渡る。以後、不慮の死を遂げるまでの25年間、アラスカの自然と向き合い、そこに生きる人々と自然とのつながりを撮り続けた。そして、本書は亡くなる数年前にまとめたアラスカ旅の記録である。

北方の苛酷な自然環境に生きる動物と人間の刹那、そこに織りなされる生と営みの物語。とりまく風景のすべてに物語が満ちているという視点を据える著者を通して、アラスカの現状もまた垣間見ることができる。アメリカに属すアラスカは、合衆国の同化政策によって古くからの文化の形を失いつつある。産業も経済も発達した大国の波に押され、変わりゆく社会環境。自殺やアルコール中毒者の増大の影にはそのような実像がある。それが意外と若者に多いことに驚かされる。アラスカが抱える深刻な問題は、環境は異なれど我々の暮らしにも投影される。カリブーの群れが生の営みを繰り返すために旅をつづけるように、人間の営みも地球という枠の中、同一線上で繰り返されている。異境の地に飛び込んだ著者もまた、アラスカを通して自らの在り方、立場を見つめつづけていたにちがいない。

広大な風景に存在する小動物や草花や母熊の横で人間の子供のように戯れる仔熊の兄弟を捉えた写真には、著者の生物に、そして自然に対する愛情を感じる。"一番いい瞬間は瞼に焼き付ける"という様に、写真家という肩書きを盾にせず、一人の人間としてアラスカと携わり、そこに生まれる物語を見つづけていこうとする姿勢が一貫してある。写真や文章に表れる素直な視点はそのような姿勢によるものなのだろう。一冊の写真集との出会いにはじまり、撮影旅行の途上で自然に猛威をふるわれて命を落とした瞬間まで、アラスカとつながりつづけた著者。この本は、憧れを夢に終わらせなかった一人の努力者の記録でもある。(文:かわら)