「この本おもしろかったよ!」
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墜落遺体

墜落遺体 ―御巣鷹山の日航機123便―

飯塚 訓/著
講談社

つい数ヶ月ほど前に会社の友人から本を借りた。「墜落遺体」である。日航機墜落事故があったのは今からもう何年前になるのだろうか。10年以上は経つだろうか。

日航機墜落事故で多くの方が亡くなった。この本は被害者の遺体確認を肉親達とともに真夏から冬にわたって行った、飯塚氏によって書き上げられたものである。飯塚氏は1937年に群馬県に生まれ、日本大学法学部卒業後、群馬県警察に勤務。高崎署在職時に、日航機墜落事故がおこった。その時、飯塚氏は身元確認班の班長という重要な役目を務めたのである。本書には想像を絶する被害に、警察、医者、看護婦、歯科医も不眠不休の作業にあたった様子が淡々と語られている。手や足しか見つからない遺体、頭しか見つからなかった幼児の遺体。一日も早く遺族の元に帰してしてあげたいという現場の人達の気持ちでいっぱいであった。

 私は、この本を読みながら、映画館で観た「タイタニック」を思い出していた。あれは映画であり、ディカプリオ人気もさることながら、何か心を打つものがあった。タイタニックが沈没したという事実は歴史上の事件である。船が沈んで行くとき殆どの人々は、動揺し、泣き叫び、実は何も出来ない状態に陥っていた。人間が極限の状態になったとき、まさに、その人自身が現れるのだろう。主人公の青年が取った行動は船が立ちあがって沈み始めた時、船の先頭の普段は海側に落ちないように設置されている柵の反対側へと行くことであった。それは、一秒でも長く生き残るための彼の瞬時の冷静な判断であったのだろう。日航機の犠牲者の中にも同じように最後まで冷静に、残されるであろう家族への思いを手紙にしたためていた人物がいた。本当にすごいことだと思う。事件の大きさとともにちがった角度から、人間を見た気がした。(文:山羊)